2009年1月20日 (火)

学校の種別

関西でも関東でも、特別支援学校というのは、通常の
公立校と同じく、似たような作りである。

車椅子でも通れるようになのか、少し広めの廊下。
廊下からも中がしっかり見えるような透明ガラス窓付き
の引き戸。

一人の子どもに一人の大人。
あるいは、数人の子どもに一人か二人の大人。

重度だから、ということなのだろうけれど、特別支援学校
を勧められてもとにかく地元の学校を希望する保護者の
方も少なくない。

また、特別支援学級を勧められても、通常学級を望む
保護者の方も少なくない。

もし、わが子がそうだったら、自分ならどうするかいつも
考えてしまう。

ショック。混乱。思い詰め。

でも。でも。どうだろう。
大きい決断しなければならないとして、手厚く育んで
もらえる場所を選びたい。

そう思うと、就学判断関係者の意見を拒絶する前に
その場所がどんな所か覗く必要があるだろう。

ちょっとした賭けだけれど、会えて良かったと思える
先生もいるはずだ。

我が子が、のびのびと成長していく場所は、必ずしも
隣近所の子と一緒とは限らないはず。

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2008年9月 3日 (水)

頭の中の整理

今、このPC部屋は色んな物が散乱したままでオソロシイことに
なっている、としか表現できない。

もし、これが人の頭の中だったら・・・。

注意欠陥の人には、関連したものを整理しておく引き出し
や、棚がないと表現される。新たに作ることはできないのかな。
各々違うのかな。

よく夫が、物がないと騒ぐ。
大丈夫かと心配もしたこともあるが、私が見た彼の行動ルート
やパターンを説明すると、大抵のものは出てくる。

彼の場合、心が物を離れて無意識かつ手当たりしだいに手放す
のが見失う原因のよう。対象(物)に対して心がない、いつも、
とりあえず、と先送りするのが後々響くのだ。

もし何かの経験や知識が、もしお互い関連付けられることなく、
ばさっと脳という部屋に重ねられていったら、さぞ苦痛に違いない。

思い出せって言われたって、手がかりなしの手当たりしだいに
かき回すのがせいぜいだ。

そういうとき、人はどうやって頭の中の整理をしていくのだろう。
整理の苦手な人はどこまでがんばってよしとするのだろう。
(とはいえ、私だって日常生活に支障がでないぎりぎりのところで
踏ん張っている。)

何か他に優れた能力を持っている人はその人なりの補う方法を
開拓できるのだろうけれど(たとえば、社会的地位や収入の
高い人は秘書やお手伝いさんを雇う、とか)、そうでない人は
どうすればいいのだろう。

お年寄り向けの介護制度さえ内容が杓子定規で問題点が
色々取りざたされている。
障碍を持つ人、例えば上記のような障碍を持つ人に
国はどうヘルプするのだろう。

少しでも日常生活を支障なく快適に過ごせるよう手伝い
たいけれど、その手出しができないほど混乱してしまって
いては、自分の無力さばかり感じる。

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