2009年6月11日 (木)

電車にて

私立小学校の低学年が下校する時間に電車に乗った。

同じ車両の向こうに女の子が数人。
すぐ隣にお母さんといる男の子が一人。
席の端に座ったお母さんのすぐ横に立ち、扉の向こうを
のんびり眺めていた。

少ぉしうとうとしかけていた私。
ふいに、女の子たちの小さな悲鳴が耳についた。
「はしゃぎすぎたのかな?」と思う程度だったのが、
もっと大きな騒ぎ声に変わり、ばたばたという足音まで
聞こえてきた。

ただ事でない様子に眼を開けてそちらを向くと、女の子
たちが向こうの車両に向けて逃げていくのが見えた。

彼女たちが元いた場所には、リュックを背負った一人の
男性。

彼は、女の子の方を見送ってゆっくりこちらにやってくる。

事情が分からないけれど、すぐ近くの男の子が怯えて
固まっている。

男性は私の前を通り過ぎた。
何事もない。
きっと、向こうの車両からただ車両を変えるために歩き
続けている人だろう。

と、思ったとき、その男性が、男の子に何か話しかけ
ながら頭を撫でた。
そして、次の車両へ歩いて行った。

男の子のお母さんが男の子に言った。
「あなたは慣れていないでしょうけれど、ちょっと
みんなと違う人もいるのよ。怖くはなかったでしょう?」

・・・うまく言えないが、お母さん落ち着いているなと思った。
偉いなと思った。

女の子たちが逃げていったのは、きっと同じように頭を
撫でてきたからだろう。

私がそのお母さんならどうするかしら。どう子どもに言う
かしら。

たぶん同じようなことを言おうとはすると思う。
けれど、あの男性の行動はまずいだろう。
彼の身内であったなら気が気でないだろう。
まず、変質者に間違えられる。
まかり間違えたなら、警察沙汰だ。

ああいうことをした理由は推察できる。
きっと、小さい子が可愛かったんだ。
子犬や子猫を愛でる気持ちと寸分違わない。

街で赤ちゃんの愛らしい姿を見ると思わず「可愛いねえ」
くらいは言うだろう。それときっと同じ。

でも、素敵な女性を見て、急に近寄って行くのに似て
吸い寄せられるように行動するのはちょっとまずい。

彼らのような子どもに、どう教えたらいいのだろう。
禁止するだけでいいのか。

反対に、逃げだしたくなる方の子どもにはどう
教えればいいのだろう。唐突に近寄って頭を撫でられる
なんて、怖いと思うのも当然だ。

とても複雑な気持ちになった。

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2009年4月22日 (水)

あぁ・・・

恐れていたことが起こってしまった。
詳しくは言えないが。
被害者がいないのが救い・・・。

なんでそうなるのか遠因は分かっているんだけどね。
風が吹けば桶屋がもうかるような。
でも確実にそうなんだよ。

なんとかなんないかなあ。

それにしても、奥歯にモノが挟まったような書き方で
すんません。

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2009年4月 8日 (水)

新学期

休み明けはいつもドキドキ。

特別支援教育対象の子は、新学期が大の苦手。
とはいえ、健常児の中にだってそんな子はたくさんいる。

大の苦手で大騒ぎになるかどうかというところに差が
あるだけのこと。

はぁ。
今日も大人子ども、お互い怪我がなくてよかった・・・。
特に子どもに怪我がなくて。どっちに転んでも心が
傷つくのは本人だから。

青タン、ひっかき傷、咬み傷。ありえるパターンに
ちょっとだけでも早く気づいて予防に努めよう。

新学期のそわそわ感が落ち着けば、きっと少し楽になる。

とはいえ、帰宅後はへとへと。
病み上がり?ということもあり、帰宅後子どもの了承を
得て、ちょっと午睡。

ありがたや。我が子。そしてパート職。
私も新しい労働パターンに早く慣れるようにします。

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2009年4月 7日 (火)

今後の方向

子どもの喘息の病院で、先生からちょっとした学びの場
についての示唆を受けた。

アロマが好きで、特別支援教育に関わっているのなら、
こちらの勉強はどう?というような話だ。お医者さんなので
そちら方面のもっと詳しい学びの場。

こういうご縁はとてもうれしい。

けれども時間と予算のなさが苦しい。
すっごいいい機会だと思うんだけれどな。

要領いい人、頭が本当にいい人などは、なんなくこなされ
るんだろうな、とちょっとだけ自分を残念に思う。

ああ、全てがつながっている。

さあ、どこで循環する輪に向かって手をのばそうか。

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2009年2月23日 (月)

プレゼント

放課後6年生と残って、家の人への卒業プレゼントを
作り上げた。

羊毛を使った簡単なマスコット作り。

職員室に戻ると、その作品を垣間見た専科の先生にも
大好評で嬉しい。職員研修しようheart04と盛り上がる。

ここの学校の先生、子どもはとっても乗りが良くって
優しくて面白い。

来年も、と言ってくださったが残念ながら自分の体力が
続かないのでお断りすることにした。

職場の雰囲気が学校全体の雰囲気を左右する。
問題点もいろいろあって先生方も大変ではあるけれど
よい学校だ。

マスコット作りの研修担当は、お伝えした2人の先生に
プレゼントしますねconfident

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2009年2月19日 (木)

教材作り

あれやこれや教材作りのアイデアが湧いてきて、手を
つけては別のことに気を取られてしまいほったらかしに。

自宅の教材づくりスペースは二学期末からミゾ―ユーの
空間にshock
ああ、ここだけブラックホールに吸い込まれてくれないか
・・・。

ということで、提出物はその学校で全て処理し、予定より
も遅く学童へのお迎えをして子どもに叱られつつも、
本題の教材作りへの突入っ。出口を探して突進中。

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2009年2月18日 (水)

方針

通常学級の子どもは30人以上いる中で、学年ごとの
指導要領を元に教授者側の設定した教育方針に沿って
授業や指導方法が決められている。

その上、一学年何クラスもあれば、指導内容にばらつきが
あった場合、保護者からクレームがつくこともありえるの
で、内容も進度も同じようにしないといけなくなる。

そうなると、一クラス35人として三クラスあれば100人
以上の均一な授業、指導が要求され、なされるわけだ。

だとすると、どうしても子ども一人ひとりのニーズに
合わせられるかどうかってとっても疑問。

弱い子はどんどん取り残されるし、得意な子は授業が
つまんない。

算数など少人数クラスを設定してはいるが、教師側の
人材確保や教室確保が大変なので、なんかやっつけっ
ぽいんじゃないって思えるところが絶対ないともいえない。

公の教育だから、教わる内容に優劣があってはならない
のは分かるけれど、従来の集団による教育方法と個を
大切にする教育方針ってやっぱりなんだか矛盾している。
てんこ盛りすぎて消化不良気味だ。

が、特別支援教育は、まず目の前の子どもありきだ。
周りに合わせることなんてできないから、そんなもん
押しつけられたってこなせっこない。

特別支援のコーディネーターの方の空き時間にときどき
私の授業を見られることがある。

授業や指導の方針がいいものかどうか、思い切って
ご相談してみた。

それでいいよ、とおほめの言葉をいただいて一安心。
そして、ちょっとした大切なコツを幾つか教わった。

きっとこれは、特別支援教育に限らず、人と人の関係
を育むときのコツでもあるのだなあ、と思った。

そういえば、学校って生きる力をはぐくむ場所なんだもんね。

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2009年1月14日 (水)

それもアリよね

学校現場はやっぱり忙しい。

やれ研究会だ、やれ学校行事だ、と準備、出張、授業、
報告・・・と矢継ぎ早にフル回転。

学期ごとの子どもの身体測定も、クラスでどんどん済ませ
ないと後が大変。

でも、特別支援の子は、言われてすぐに対応できない。

我が愛しい教え子の一人も、いつもと違うたくさんの事柄に
心騒いで、保健室に乱入。

どうしたものかと考えあぐねていたら、保健の先生がうま~
く誘導、できずにいた身体測定も無事終了しちゃいました。

・・・それもアリ、よね!
困ったことを黙って一人で何とかしよう、ではなく、オープンに
したほうがずっといい結果を生むことって多い。

普段から無理せずお世話になっていてよかった!

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2008年12月 1日 (月)

さすが師走

のっけからかなり気ぜわしい。
師走というより、霜月から・・・。

で、学校はここんとこ成績付け締切だの個人面談だの、
研究授業だの、そうまとめでてんてこ舞い。

子どももなんだか浮ついた感じ。
どの家庭内も結構どたばたしているのかしら(我が家は
万年そうだけど(^_^;))。

インフルエンザも例年より早く流行っているらしいので
要注意です。

睡眠、鼻うがいがお勧めなり(鼻うがいは無理して
挑戦しないでね)。

・・・そして、なにより深呼吸をひとつ(自分に言い聞かす)。

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2008年10月14日 (火)

夢想

事前連絡がうまくいかず、予定の倍時間学校に滞在。
ついでに教材を作るきっかけができた。

去年からず~っと探していた特別支援学級の教材作りの考え方。
養護学校の実習中見聞きしたり文献を探したりしていて、それはそれで
とても役に立っているのだけれど、小学校に併設されている特別支援学級に
通う子どもにそのまま使えるわけではない。

かといって、通常学級の教科書を学年を下げてそのまま教えられるわけでも
ない。面白おかしくキャラクターをくっつければいいわけでもない。

教授する側が真理を把握、整理した上で、個々の子どもたちの心に届くよう
配慮、工夫していくことが不可欠だ。

現在こういうすきま仕事に就かせていただいたおかげで、現役の先生方の
ネットワークや研究成果を垣間見せていただく機会に恵まれた。

熱心な先生方は仕事時間以外のプライベートな時間を使って本当に熱心に
教材研究をされている。いやいやでなく、心から好きなのだ。

そこでやっぱり感じた。
学校の登校時間はお昼まででよいのじゃないって。
午後は授業の研究にいそしんでもらいましょうよって。

今の学校運営の実態はつぎはぎだらけでもう限界だ。
実際のクラスやそこでの授業は講師や補助員が入り込む形で成り立っている。
校外学習で外部に出向くときは、先生たちは準備や引率するのに精いっぱい。
公共の場での行動の取り方が身についていない子どもを含んだ集団を
取りまとめて引率するのがどれだけ大変か。授業内容以外のところで生じる
仕事や問題が山積みなのだ。

文科省は他の関係省庁と連携を取り、学童クラブや公立で運営している
なんとか教室、美術館などの施設をもっと推進し充実させて、放課後の
子どもたちは自分の家庭の実態や希望にあった活動に参加すればよい
のじゃない?

ゆとり教育や土曜休みの施行が失敗だったようにいわれているけれど、
そのおかげで外部教育施設もずいぶん充実されてきた。あれをもっと発展させ
て使っていかないと勿体ないと思う。

公立学校が戦後担ってきたものを構造をそのままにあれこれ全部引き受ける
のはもう限界を超えていると思う。

ついでにいえば、研究熱心な先生は熱心なあまり家庭を顧みる時間がない。
医者の不養生とはよく言ったもので、私はそれも心配だ。
・・・そういう意味でも学校で子どもが活動する時間そのものを考えなおしてほしい
なあ、と夢想するのである。

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2008年10月 8日 (水)

学ぶ楽しさ

特別支援教育の具体的な実践例の勉強会にちょこっと顔をのぞかせて
いただいた。

いくら知的障碍があるといっても、小学校高学年に幼稚園児レベルまで
内容を幼稚にしての安直教材を与えるというのは、個人的に抵抗がある。

生活年齢が12歳であれば、例え知的年齢が5歳くらいだとしてもその子なりの
プライドはあるはず。老人介護をするときに90歳の老人に赤ちゃん言葉を
使う馬鹿なヘルパーがいるというが、それと同じくらい嫌悪感を感じるのだ。

それにくわえ、忘れられないのはエリックカールの「はらぺこあおむし」に
おいての、著者作者の言葉だ。

あれはトリック的な要素のある素敵な絵本で、目からうろこというか
とにかく面白い。

はらぺこのあおむしが、月曜から土曜まで毎日一つずつ食べるものを
増やして食べ続け、土曜の晩におなかをこわしちゃう。月曜はりんごを
ひとつ、火曜日は洋なしを二つ、という具合に。

作者の元にファンから「子どもに数と曜日を教えるのにぴったり!」という
賛辞の手紙が届いて、ご本人はがっかりしたそうだ。

作者としては、物事を教えるためにその絵本を描いたのではない、
純粋に楽しんでほしかったのだそうだ。

まあ、一旦世に出たものをどう受け取るかは受け取り側の勝手という
見方もあるのでなんともいえないけれど、学校授業でどうしても気になるのは
そういう徳目的な下心をもった大人側の態度だろう。

だから子ども心に分かり切った道徳授業が嫌いだった(何を押し付けようと
しているかぷんぷんにおったので)し、道徳授業も苦手だ。自意識過剰と
言われようと、読書感想文も嫌いだった。

私がそういうタチなので、我ながらすることに時間と手間暇がかかり迷いが
多くて自己嫌悪の沼地にはまる。

でも、今回大変勉強になった。途中で抜けたのが本当に惜しい。
時間も予算もない中、こんなに一生懸命取り組んで素敵な教材を考え
試行錯誤される先生が少なからずいらっしゃるということは、とても前向きな
気持ちになれるものだ。

養護学校や特別支援学級だけでなく、通常級の子たちにも活かせる
授業のヒント。よい例を見せて頂いた。

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2008年9月25日 (木)

きずつくのがこわい

具体的にいえないことばかりが続く。

人生これからのほうがずっと長い人たちが生きていくための基礎作りの場所を
今の職場として選んだのだが、気になるのはその背後の大人たち。

人には求めて自分は相応の行動ができないのは、他人を信じられないから?

子どものためといいながら、結局自分が傷つくのがこわいのかな。

バスに乗れば乗ったで運転手さんと置いて行かれそうになった乗客の
おじいさんが、バスを止めて怒鳴りあいの大ゲンカするしさ・・・。

次の授業に遅れるじゃんpunch

今日は、こんな日もあるんだなぁ、と唖然とした一日だった。

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2008年9月22日 (月)

いたたまれない気持ち

子どもが犠牲になる事件が立て続けに起こっている。

我が子に手をかけてしまったお母さんが逮捕された。

自分が事故に遭い体が不自由になり気持がふさがりがちだったことと、
お子さんが特別支援学級にいて「学校がいやだ」と言うようになったことなどが
引き金になったように報道されていた。

細かいところ、真実はもっと今から明らかにされていくのだろうが、
もし特別支援学級に在籍しているわが子を悲観したのだったらと思うと
いたたまれない気持ちになった。

特別支援学級も通常学級も在籍するのはみな同じ時代と空間を共有する
仲間。育てているのは同年代の子をもつ普通の親。何かいざこざが
生じる度思うのは、あまりにも自分たちで垣根を作り過ぎていないか、
お互いをけん制しすぎやしないか、無意識に自分を追い込んでいないか、
ということ。

どちらの学級にも視野がせまくてやり過ぎの親、逆にネグレクトかと
思えるほど子どもに無関心の親はいるもの。どちらの学級ががよいとは
言い切れない。

安心して居ることのできる場所が確保されるのであれば、特別支援学級の
あり方としては本望だ。

学校側の体制が問題になるときもある。
人と人の組み合わせや相性もある。親同士でだけでなく先生との相性。

広げていけば地域、社会、時代・・・つきつめていけば結局
自分ひとりひとり。ぐるぐるとつながっている。

巡り巡って他人事でなく、途方にくれる。

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2008年9月 5日 (金)

おおらかさ

昔の小学校はいいも悪いも今よりもっとおおらかだった。

新聞で○ミー大西が、テストがちっともできなくて0点
だったとき、裏に描いた絵に五重丸がついていてます
ます絵を描くのが好きになった、とインタビューに答えて
いた。

○ミーはそれでいいんだよ、と先生が言ってくれたそうだ。
勉強ができなくても自分を認めてもらえたことが嬉しかった
のだと思う。

一説によると私の世代40代半ばから30代半ばまでの
人たちは、学校教育に(特に)不満を持っている世代
なんだそうだ。

その世代が親になり一部がモンスターペアレント化して
いるとも言われる。

不満は私も大いにあるのだが、100%の持論主張、
気にしすぎ、聞き過ぎはおおらかを失う元になる。

私は「良い加減」というのが好きだ。
「いいかげん」というと悪い意味にとられるが、「良い」
加減は大切だ。
相手とのやりとりの中でいつかはお互いが心地よく過ご
せる地点を見つけられるに違いない。

相手が「自分のほうが優っている」と実感できないと
気が済まない人でない限りは。




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2008年9月 1日 (月)

バーチャルでも他人事でもなく

昨日一昨日は久しぶりに○○テレビの24時間番組を(とびとび)
に見た。

夫がしんどい内容を見るのを(病気、とか障碍とか)非常に嫌う
のと、あの番組の趣旨や受け手の反応に偽善的なものを見て
しまったらと思うとわざわざ見る気になれなかったからだ。

飛び飛びにでも見た感想はというと、そんなに悪くもなかった、と
いうところ。昔に比べて気負いなく放映されているような。
タレントの○田○助さんが別番組で言ったように、売名だ偽善だ
などと思われても、しないよりはした方がいい、という意味で
行動にうつすことは大切だと思った。

今思うのは、こういうテレビで初めて見た境遇の子どもは
少数ではあるが特別な子ではないということを、視聴者側が
どれだけ分かるかということ。

想像を超えた過酷な運命を背負って生きる姿に勇気づけられる
のは確かだけれど、本人は人を勇気づける目的でそんな状況に
いるのではない。結果として周りが勇気づけられ、人という存在が
好きになるのは確かだけれど。

通常学級のはみ出しっ子も特別支援学級の子も特別支援学校
に通う子も、病院で学習する子も、みんな通常学級の子と変わり
ない。みんな一生懸命生きている。

通常学級で全体の和を乱す?子は邪険に扱い、特別支援学校
の子とはお友達になったんですよ、なんておかしい。それで子ども
や障碍を分かった気になってほしくないし、自分もならないよう
気をつけねばと思う。

今日は新学期。
久しぶりに会う子どもたちは、心なしか背が伸び、色が黒くなり、
逞しくなったように見える。

充実した夏休みを過ごし、心も体も頭もぐんと伸びた子だって
多い。そんな子は頼もしく眩しく見える。
家族の方々の関わり方の大切さや大変さを感じる。

私自身わが子とそんな風にプラス方向に関わったかなと振り
返ると「・・・(-"-)。」である。
・・・焦るのが一番悪そうだし・・・(忍)。




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2008年7月17日 (木)

ハードな日のほっこりおやつ

715_008 この季節、プール授業がある。
一学期も終わりに近づき、持ち帰る荷物も多め。

今日は普段なら電車に乗って通勤するところだが、人身事故で早朝からダイヤが乱れまくっていると聞き、思い切って自転車で向かうことにした。

行ったらすぐプール!服の下に水着を着て、市民プールに急ぐ子どもよろしく自転車にまたが・・・ろうとしたら、サドルがぎりぎりまで上がっていて足が届かない。・・・夫の仕業だpunch

ここんところすっかり自転車マニアになった夫は、自転車
は前傾姿勢で乗るもんだと、私のフラッカーズのサドルまで
限界ぎりぎり上げよった。前後に子どもを乗せるかごをつけて
前傾姿勢っておかしいっしょ。

一度気づいて戻したのだが、こんな急ぐときにまた発覚。
一人でキーキー毒つきながら戻し(こういうときに限って
やたら締めまくるヒトなので、なかなかネジが緩まず悲惨)、
プール、いえ、学校に向かってGObicycle

なんと新記録を樹立し鉄人レース気分で職員室に入ると
・・・プールじゃないしぃbearing。時間割お当番の先生の間違い
でしたshock

で、午後別の学校へ再び自転車でGO。

その後、子どもがパステルを教えていただいている先生宅
へ再々度自転車でGO。途中地図を見ながらなんとか到着。

しかし肝心の子どもが来ていない。・・・忘れて帰ったんだって。
心配して子どもの学校に行ったけどいない。泣きそうな気分で
先生宅に戻ったら、あらまあ、我が子、自宅前まで戻って
思い出し、そのまま(ランドセルしょったまま)数十分走って
戻ってきた。

2人でぐったりして帰宅。速攻シャワー。

気分直しに白玉を茹で、黒すりごまと黒蜜をかけてクールダウン。
これは、大地の宅配のカタログに載っていた根本きこさんのレシピ。

ほっこりしました。



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2008年6月30日 (月)

重なる面影

子どもと放課後電車に乗った。
ホメオパシーのクリニックに行くためだ。

乗客がほとんど全員座れるくらいの混み具合なのに、
同じ車両の同じ列の端あたりが一人分空いたまま。

ゴゴン、ゴゴン、と電車がスピードを増すたび、急に大声を
出す客がそこにいた。その横が一人分空いていたのだ。

座ったまま揺れに合わせて飛び上がり、手を空に泳がせ
興奮している。高校生か20歳そこそこの男の人。

きっと電車が好きなんだ。揺れるたんびに大喜び。
声変わりしても、身長がぐんと伸びても、喜び方は幼い頃の
まま。

斜向かいの3歳くらいのおしゃまそうな女の子が怯えて
お母さんにしがみついたまま彼を凝視している。

あまりに派手な行動に、周りの客も(私もうちの子も)距離を
保ったまま意識はそこに留まっている。

大阪の電車内でちょっとしたいざこざがあった男の人が
重なり、今関わっている子どもたちが重なり、その背後の
ご家庭が重なり・・・。

何も言えないまま、乗り換え駅で降りてしまった。

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2008年5月21日 (水)

学び舎?

実習のある単元をしていたときのこと。
だしをとるところから味噌汁を作るため担任を通じて
栄養士の先生に味噌を購入してもらった。

・・・だし入り味噌だった(-"-)。

しかもお願いした量に足りない。

直接確認したが、暖簾に腕押し、糠に釘。
専門家のはずだが、学習にならないとは思わないらしい。

なんやねんっ、ここは学び舎だろ、プライマリー(基礎)
スクールやろっ、時代は食育やろっdash

実習室も不潔そのもの。立派な施設なのに、メンテ
ナンスなんてどこ吹く風。

一教員、一学校の問題にすぎないのかしら。
聞くところによると、荒れた学校では子どもに刃物を
持たせる授業は命がけらしい。

幸い今行っている学校はどこも荒れておらず、病欠の
先生もいない。平和だ。・・・というかこれが本来
あるべき姿か(^^ゞ。

それにしても文科省も、こなせないほど公立校に
あれこれ引き受けさせるなよ~・・・。

耐震率も低いらしいし、どれもこれもお手盛りで
・・・なんか疲れる・・・。これが今の日本の姿かも。




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2008年5月19日 (月)

場に相応しい格好

小学校の先生の服装。
清潔であれば別にカジュアルでもいいとは思う。
ちょっとしたお洒落心は大歓迎。しかし、研究会や授業
観察のときのみジャージからスーツに着替えなくても
いいと思う。

逆に普段からスーツのみでがんばらなくていいと思う。
動きにくすぎる。

けれど体育や汚れる行事がないときに一日中ジャージ
で通すのはどうかと思う。ジーパン(古い言い方?)も
おかしいと思う。

私はジーンズを履いて授業に来た生徒が教授に追い
出された世代の女だ。古いと言われようが、授業に
似つかわしいとは思えない。大体水に濡れると
動きづらいことこの上ないので、それならいっそジャージの
方が実用的かな、と思う。元の元を言えば確か毒蛇よけ
なんだよね。
柔らかい素材や、もろジーンズって感じのじゃなければ
別だけれど、どこの保護者か業者さんが来校しはった
んやろ、と二度見してしまう。

長~いゆらゆら揺れるピアス、立体ネイル、ごっつい
指輪も特に低学年相手には危ない。特別支援対象の
子ども相手にもそぐわないと思う。昔、ピアスをしていたら
「光り物に手を出さずにはいられない子がいるから
(耳を)引きちぎられるかもよ。」と言われたことがあり、
想像するだけで怖くてやめた。

こういう日常の中子どもは育つわけで。
入学式の一年生、卒業式の卒業生は大概ハレの衣装で
キメてくるが、その場で祝う在校生にがっかりすることが多い
ことに気づいたこの頃。自分のハレの場ではないけれど、
同じ場所に居合わせる者として相応しい格好を学んで欲しい
と思うのはおかしいだろうか。格好の教材だと思うのに。
本来家の人が伝えるべきこと。先生が言えないのなら
せめて大人として態度(自分の格好)で見本を見せるべき
でしょう。

子どもたちは日常のこういう場面を通して、少しずつその
場に相応しい格好、行動ができるよう学んでいくはずです。

家と外、内と外、上と下、ハレとケの区別ができていない
若者の行動を見るたびに教えてもらってないんだろうなぁ、と
かわいそうに思う。





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2008年4月25日 (金)

母として

理由あって、某学童クラブの総会に出席した。

そこには障碍を持った子どもも何人か在籍している。
受付の総会資料を受け取ったとき、その中に手作りの
ビラが一枚混ざっていた。養護学校に通う一人のお子
さんの保護者が作ったものだ。

総会が始まり、保護者の自己紹介のとき、その中のお母さんが
ビラを持って話を始めた。

我が子のことを少しでも知ってもらいたい。おかしな
行動をしても悪気はないこと、みんなと友達になりたいこと、
静かな口調で一生懸命話していらした。

ここまで至るのに大変な思いをされたのだろう。心に
沁みた。

実は、少し前のとある休日、彼女とお子さんをとある
スーパーで見かけた。欲しいものがあったようで声も
出さず、ひたすら目的の商品をまさぐろうとするその子を
お母さんは静かに辛抱強く繰り返し繰り返し諭していらした。
決して声を荒げず、決して無視せず。

本採用の先生と比べると、子どもと接する時間はものすごく
短い私だが、子どもを見ると家庭で受け入れられている子か
どうかある程度は想像がつく。

私は自分の子をあんな風に受け入れているだろうか。
無理を強いていないだろうか。

改めて考えさせられた。

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2008年4月24日 (木)

お金の遣い方

一人ひとりの教育を保障するために、なんて美しい名目を
掲げて特別支援教育は始まったはず(なの?)。

けれど未だに「うちの学校(学級)には該当する子どもは
いない。」と「失礼なこと言わないで」とでも言いたげな
先生も一部にはいる。

一方大急ぎで養護・聾・唖教職免許をひとまとめにした
免許制度を立ち上げて、現職教員による取得を推進中。
今まであった個々の免許は今後使えなくなるらしいが、
はっきりしたことはまだ決まっていないらしい。

高学年では外国語授業も本格的に始まる。

ゆとり教育の結果学力低下を招いたという反省から
授業時間を増やす方向に進むらしい。詰め込み教育の
反省から始まったはずなのに。

小学校の教科担任制もどんどん増やしていくとか。
では既にある音楽・図工・家庭科に続いて理科・算数・
社会でもたまにみられる専科教諭が中学並みになると
いうこと?
担任の先生は学級運営のみ任されるということかしら。

・・・今や学級運営が大変で、担任の先生は勉強を
教える暇がないのは事実。でも、低学年の子どもは
次々変わる先生に適応できるのかな。

PCに外国語に総合に最先端の授業に・・・。

東京のとある区では低所得層の家庭に塾費を補助する
ことを考えていると報道されていた。中学校のことだろうけど。

東京では小学校中学年の子も土日や平日夜に電車に
乗って塾通いという姿を普通に見かける。

なんかおかしい。全部後手後手にまわっていませんか。
その場しのぎではありませんか。はっきりしたことは誰も
把握しないままとりあえず実施しましょ、といった態度で
現場は右往左往させられる。先生方に幾ら聞いても
「・・・らしい」という言葉ばかり。実際のところよく分かっ
ていないのが現状だ。

上からの通達で全国一斉に同じ教育内容を強いるのは
もう無理でしょう。各学校、各自治体のニーズや問題点に
合った教育策を草の根から挙げてもらう方が無駄が少ない
と思う。今の学校運営が合っているところもあるし、
隣の学校と事情が違うことだって当たり前。事情を考慮し
ないのは、公教育だから同じサイズで同じ材質の服着なさい、
と言うのと同じ。
特別支援教育と真逆の発想だ。

一人ひとりを大切にするには、そこの事情を知っている
現場の意見を聞くことのできるシステムが保障されてこそ
実現できるのではないかしら。

でないと配分された予算を有益に使えなくなってしまうのでは
ないかな。教育関係の指針が出るたびに「どこの事情で決
まったことやねん。」と当惑すること、多いわ。

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2008年4月11日 (金)

眩暈する春

もともとスロースターターな私。

春だ新年度だといわれてもこういう季節の変わり目時期
に周りのテンションに合わせてうまく動くことができない。
不安定な天候と環境に身体がついていかないのだ。

だから早めに前もって色んなことを想定して予定を立てて
行動したいと思っている。ある程度やっておけば当日
多少のアクシデントにも臨機応変に対応できる余裕も
生まれるから。

だけどそういうことを認めない人の方が多くってやっぱり
しんどい。ここ数年前から「しんどいなー。」と思うと
肌の決まった場所がカサブタになるほど荒れるように
なった。それを見てまた「しんどいんだなぁ。」と納得(-"-)。

特別支援教育の対象になる子どもたちもこういう新年度
が苦手。新しい学年。新しい教室。新しい友達。新しい
先生。たくさんの行事。教育関係者の訪問・・・。もうジゴク。

うまく適応できる子、なんの変化もない子がいる一方、
全ての刺激が本人を攻撃し神経を逆撫でするような子も。

なんとかそれに適応せねばと苛立つほどパニックに陥り
状況を悪化させていく。

自分がそれほど敏感で繊細でないことを有り難いと思う。
本当に苦しそう。鋭敏ゆえのパニック。24時間続くのか。
それに比べたら全然耐えられるもの。

まともに痛みを受けないよう逃げ道を探しながら、ゆっくり
すすめばそれでいい。その子たちを思いながら、私自身
にも言いきかせる。






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2008年4月10日 (木)

えぇっ そうなん・・・?

どちらかというと職場からでなく、子育て場からの話。

先日、TVを見ていた子どもが振り向いて聞いた。
「母さんは、ボクにどんな職業についてほしい?」と。

私はちょっと考えて
「キミがその仕事をして楽しいなーと思えて、しかも
ちょっとでもそれが世の中のためになったらうれしいなぁ。」
と答えた。

意外にも我が子はきょとん。その反応に私もきょとん(・・?。

私「なにかご不満?(・・?(・・?」
子「そうじゃなくて、ほら、野球選手とかさー、そーゆーの。」
私「え~?なりたけりゃがんばったらいいけど、私野球知らん
  し。キミが調子悪かったら私ゃ胃が痛くなってまともに
  試合も見られなくなる。」
子「そーじゃなくてさー。野球じゃなくても、ほら、アンケート
  調査結果を今TVでやっててさ、母さんがボクに
  なってほしいものが何位にランクインしてるか知りた
  かったんだけど。」

・・・子どもの将来の具体的な職業を親の私が希望して
どーなるもんだろうと思うんだが。お世継ぎが必要な
おうちや代々「シ」のつくお家柄ならまだしも。うちはそん
な心配ご無用なんだから(^_^;)。

とはいえ、確かに現代もそういう親は多いよう。
子どもを可愛いく思いすぎて自分の願望を押し付けてし
まいがちになるのかなあ。そーいうことしてもろくな結果を
知らんのだが。

一方、子どものことで公立私立を対立させて考える大人が
多いのにも閉口だ。公立も地域で色々だし、私立だって
学校によって色々。片方を否定することで自説の正しさを
通そうとするのはよくない。単なる反動だと思う。

保育園や小学校、特別支援教育に関わる人の中には
劇団の研究生かというようなわざとらしい所作の人がいて
ちょっと引くこともある。でも全員がそうではない。そういう
人がいるだけの話である(比率は多いかも(-"-))。

あまりに純粋に一つの教育法や学校にのめりこんでいき
排他的になる人もいる(これも多いかも(-"-))。

自分の学校を「この学校はいいなあ。」といい、そうじゃない
学校を「あの学校はだめだね。」というのがセットだと、
「この学校」の先行きまで暗くなると思うのは私だけ?

私としては具体的な将来像を描くのは子ども自身でないと
子どもは自立(自律)できたと思えない気がするし、どんなに
よい教育の場を与えたとしても、親が反動で選んだのなら
選んだ場にもまた確信が持てなくなる日がくるのではない
かと不安になる。

私が望むのは、地域に根ざしたおおらかな学校教育。
初等教育をきちんと提供できる学校なら公立や私立の別なく
学費をタダにすればいい。ピアノがないと、一定の広さの
校庭がないと学校として認めない、なんておかしい。国が
提供した学校だけタダ、なんておかしい。同じ額まで支援
すべきだと思うのだが。少子化でどんどん公立学校が
統合され、地域から遠く離れた場所に子どもが消えていく
なんて本末転倒だと思う。

なんだかだんだん話がずれてきました。

実を言うと、嫌な人は「排除すればいい」とか、必要以上に
自分だけ正しく世の中と自分の子どもを理解している、
みたいな話をたっぷり聞いてしまったおかげで少々
弱っております。

こういう考え方をする人には、私のような意見は曖昧で
アホに見えるんだろうな・・・。


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2008年4月 9日 (水)

ノーマライゼーション

子どものスイミングのお供に付いていったときのこと。

振り替えで行った普段と違う曜日。
放課後、あちこちの学校や幼稚園から集まったたくさん
の子どもたち。すぐ近くで見ることのできるギャラリーでは
お母さんやお父さん、おじいちゃんたちがわんさと自分の
子どもを見守っているのはいつもの光景。

そのギャラリーに一番近いコースでは、初心者級の
数人の子どもたちが男性コーチに教わっていた。

とにかくすぐ目の前なのでどうしても目に付く。しかも一番
幼い子どもたちのクラスだったみたいで、可愛いなあと
眺めていたが、直にその中の一人に釘付けになった。

子どもたちは畳一畳分のビート板?を横長において
真ん中に身体を乗り上げ、コースの幅一杯使って
練習していた。

その中の一人が逆走する。
手足をばたつかせて後続の子どもに体当たりして喜ぶ。
コーチが軽く注意し笑いながら逆走っ子を押し戻す。
何度も何度も、というより、ずっと(^_^;)。
本人は思いを達せられず大声で叫んでいた(ように見えた)。

顔つきで、その子は明らかにダウン症の子と分かった。
悪ふざけじゃなくて本気で好きな方向に行きたがっていた
のだ。

一緒の子どもたちにはとっても迷惑。
水の中だし、うまく泳げないクラスなのにつっこんで
こられても非常に困るわけだ。

だけど誰も怒らない。誰一人嫌な顔や態度を見せなかった。
コーチは皆を守るため注意はするし、他の子もなんとか
避けようとするけれどトラブルにはならなかった。

マッチョなコーチはうまくいなしながら練習ができるよう
事態を回避し、ダウンの子は(声は聞こえないながらも)
最低限の要求を通してにっこにこで練習を終えた。

スパルタなスクールが嫌で、でもなあなあなのも嫌だと
探した場所で、とても自然な対応をしてくれるのを見て
間違ってなかったなと思った。

こういうのがホントのノーマライゼーションっていって
いいんだろうな。気持ちいい。




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2008年4月 7日 (月)

新学年

東京のたくさんの小学校で始業式と入学式が行われた。
私の勤める学校でも。

ぶかぶかの一張羅と靴と大きすぎるランドセルの一年生。
それを迎える新上級生。
どちらも初々しくて可愛らしい。

(私に関しては)大笑いのお恥ずかしいアクシデントも
あったが、あとで先生の間で盛り上がったので、まあ
オイシイか、なんて思ったりして(関西長いし(^^ゞ)。

前年度と同じ学校にまた置いてもらえるので気は楽だが、
職員移動があり運営ルールが変わったのでなんだか
新鮮。

その後、掛け持ち講師の打ち合わせに別の学校へ移動。
そこはたっくさんの職員移動があったそうで、職員室も
初々しい様子だ。

もともともう掛け持ちはしないと思っていたけれど、
これも何かの縁。無理せず気負わず、でも丁寧に
こなしていこう。

移動中もんのすごいスコールに襲われたけれど、屋外に
出る頃には雨も上がった。
いいことあるぞ、きっと(と思うことにする)bleah




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2008年3月25日 (火)

次へ一歩

終業式、卒業式とすすみ、今は春休み。
最後の最後にやっぱり休んでしまった子、今までの(本
人の)努力はなんだったんだというようなぐだぐだ状態
で終わってしまった子もいるわけだけれど。

卒業式に出た小学校の卒業生は、全員地域の公立中
学校に進学する。特別支援学級の子も全員だ。
こういうの昔は当たり前だったが、現在では恵まれている
ことだと思う。

よくも悪くもおおらかだった時代はもう戻らない。

いくら上から特別支援教育を発足させても、昔々の感覚を
ひきずったまま表面を整えているばかりに見える。
そ~じゃなくてさぁ~punch とむずむずするんだけれど。

でも、よいお話を聞いた。
もうすぐ定年を迎える先生。管理職でないのは子どもと
過ごしたいためだろうと密かに察していた私。
その人がおっしゃった一言。
「小学校では偉大な未完成品を育てて送り出したい。」

もちろん一生懸命手を尽くすけれど、人間なんてこの先は
まだまだ長くこの先どう転ぶか分からない。すぐ結果を出
そうとすることは小さくまとまった完成品を作ろうとすること
だろう。

良い言葉だと思った。
この世の中、あまりにすぐ結果を出すことに力を入れすぎて
いないか。

人間なんて育てる側の思うとおりになりはしない。
けれど、今どきの大人は結果を出すこと、勝ち負けや正誤を
分けることにあまりにも慣れすぎて、転ばぬ先の杖精神で
悪戦苦闘しすぎていると思うことがある。
そんな中で子育てをしている私だって迷うくらいだ。
周りがみんなそうだと自分がおかしいかも、と弱気になる。

あれ?と思う教師も確かにいるけれど、その比率は世間と
同じくらい。先生だって特別じゃない。

逆に世の中の大人全体の比率と同じくらい、ぐっとくる先生
だって確かにいるよね。

来年度も偉大な未完成品を育てる気概で、お手伝いに出ます。
(私は未だに未完成なんですけど(^_^;)。)










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2008年3月14日 (金)

学校も来年度の準備

学校の時間講師と言っても色々な名称がある。
妊婦先生の体育を持つ講師、腰を痛めた先生の代わりをする講師
(肢体不自由校などで必要)、新人先生が研修時に抜けるための
授業補充、役職のある先生の過重労働を防ぐために必要な講師
、専科や少人数授業の講師・・・。

産休代替に加えて今は人事が大変な時期。
多くの副校長先生は休日返上(といってもどの学校も大抵一番早く
一番遅く、休みの日も学校にいらっしゃるような印象が・・・。)で講師
獲得に奔走されているようで、帰宅すると数時間の留守の間に
10件以上留守番電話に録音されていることがある。

もう掛け持ちしたくないんだけど・・・。
う~む。


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2008年3月11日 (火)

送る会

本日も特別支援学級の話です。

この時期全国の小学校で「6年生を送る会」という行事が行われて
いると思いますが。

特別支援学級も例年通り参加しました。
送られる側の6年生もいるので、担当の先生は大わらわ。
あっちの心配、こっちの配慮とてんてこ舞いでした。

もともと在籍する子どもたちは、こういう行事は大の苦手。
神経過敏になり、いつもならやらない大失態を全校生の前で
「披露」しかねません。それでは本人にとって更に悪い影響が
でかねません。

そうならないように、教員側もやや神経質に。下手すると負の
相乗効果が(T_T)。

しかしながら今年もそう心配するほどのことも起きずに、なんとか
無事参加し終わりました。・・・小さいことはたっくさん起きました
けどね。

もちろん、毎年この時期のために練習し続けてきた出し物も
かっこよく発表できました。見ていた通常学級の子も、見直す
くらいのかっこよさだと思います。なかなかやるじゃん、ってね。

やあ、よかった、よかったheart02

それにしても、一年生ってやっぱりかわいいっ。担任の先生の
力もあるのだけど、手を使い、足を使って大健闘。
今どき180センチを越える六年生もいるのに、入学した頃は
きっとあんなだったんだねぇ。

ほかほかした気持ちで帰宅しました。


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2008年3月10日 (月)

しめくくりと準備の年度末

私個人のこともそうだが、学校も今年度の締めくくりと来年度の
準備に向けて一番心追われる時期だ。

ここのところ年度末に向けて6年生を送る会や卒業式などの練習の
合間を縫うように、希望制で特別支援学級見学や体験入学が相次
いでいる。新一年生もいれば、通常学級在籍中の子どもも対象だ。

小さい頃から我が子の成長に心配があり、冷静に相談にみえる
方もいれば、全く予想もしなかったため、抵抗感を持つ方もいらっしゃ
る。むしろ後者の方が多いくらいかもしれない。

結果、保護者の方の強い希望で通常学級にすすむ場合だってある。
強制はできないし、特別支援学級も学校それぞれで、内容が本人
に合わないことだって確かにあるからだ。

通常学級で大勢の友だちと過ごすことで成長できることや得がたい
経験を得ることだってたくさんあるはず。低学年のうちは、我が子と
クラスメイトの差も目につかないことだって多いだろう。

親として納得して入級してほしいと思う。学校や教師に反感を持った
ままではその子にとって良い場所にはなりえないからだ。対象児は、
それでなくても「魂の保護を必要としている」子どもたちだ。家と学校が
信頼しあい、協力しあって守り育てていくことが大切だ。

通常学級での挫折感や、学校関係者への反感を引きずることなく
子どもの前にめぐってきた一つのチャンスとして見てもらえばうれし
いと思う。





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2008年3月 4日 (火)

卒業前

一月が行って、二月が逃げ、もう三月。
卒業式が近くなってきた。
小学校は卒業セレモニーに向けて忙しい毎日が続く。

そんな中、特別支援学級では保護者の方を迎えての
お別れ会が催された。

私は担任ではないので、普段保護者の方と接触する
機会は少ない。時折垣間見るくらいだ。

お別れ会では、卒業する6年生を含めて全学年が全員
で練習してきた内容を発表。

その後在校生を中心に進行していき、保護者の方からの
発表がある。子どもたちに内緒で練習してきた内容だ。

その中にはお母さんだけでなく、一緒に練習してきた方も
参加されている。大事な孫のためだ。

どの保護者の方も、同志としてお別れ会を盛り上げようと
一生懸命。

あったかいなぁ。そう思うと涙が出てきた。
保護者の方も涙涙。

これからの方がもっと長い。そして厳しい。
6年間蓄えた力を信じて歩んでいってほしい。







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2008年2月 6日 (水)

課外教育で母は見た

子どもが通う、とあるスポーツ教室でのこと。
練習が終わり、私は保護者が待つ通路のベンチに座っていた。

そこにコーチの一人が一組の母子の前に現れ「お待たせしまし
た。」と声を掛けた。

そのお母さんは少し前までお舅さんと思しきおじいちゃまとお話し
ていた。おじいちゃまは自分の孫を教室まで送ってきて孫の練習
光景を確認、遅れて迎えに来たお母さんにグチをこぼしていた
のを不思議に思っていた。

我が子が更衣室からなかなか出てこないので、そのお母さんの
徐々に声高になってきた口調が耳に入ってきた。

「うちの子は幼稚園の頃からのお友だちと3人でここに通って
いるんです。ところがこの前の昇級試験で○○くんだけ上に
上がって××くんとうちの子は落ちたんです。そりゃ確かに
うちの子たちはいたずらっ子で調子に乗って注意されることも
多かったようです。先日もうちの父(あの舅さんのこと?)が
見ていたらしいですが、居なきゃいけないところから3人で
ずいぶん離れたところまで走り回って周りにご迷惑かけたみたい
で、よそのお母さんも注意に入っていらしたりしてコーチにも
叱られたそうですね。」
・・・一気にまくし立て始めた。コーチがとまどっているのがこちら
に向いた背中で分かる。

「いえ、特に叱ったわけではないですが・・・。」
「いえいえ、叱ってもらっても構わないんです。悪いのは3人で、
特に○○くんは幼稚園でもやんちゃで有名でしたから。」
「・・・。」

「でもね、昇級試験で○○くんだけ受かったというのは何故なん
でしょうか?」
「?」
「もしかして、3人でいると大騒ぎしてしまってまた周りにご迷惑
かけるからっていうので離れ離れにさせたんでしょうか。」
「??」
「だって、おかしいでしょ。○○くんだけ受かるなんて。今まで
何年も一緒に続けてきたのに。おかげでうちの子モチベーション
なくしちゃってやめたい、って言うんです。父も心配してしまって。
ねっ。」

ここで気づいた。一緒にいる子はお兄ちゃんでなく本人だと。
(状況からしてお兄ちゃんだと思っていた。)そして、もう一つ
気づいた。今からでもいいので昇級させろと暗に要求しているの
だと・・・。

何も聞いていないフリをしつつ私はコーチにきっぱり言っていいよ
と念を送っていたが、コーチはのらりくらり作戦に出た。

結果としてお母さんは要求こそ通らなかったものの言いたいことを
言ってすっきりしたと見え、子どもは○カチューのなんやらグッズを
買ってもらうことでご機嫌が直り、コーチは生徒を一人逃さずに済み、
・・・なんとなくみんなよいところに収まったのがなんだか不思議だった。

あの子ども、小学校の4,5年生に見えたが、母親にあんなこと
言わせて平気なんだねぇ。ちょっとびっくり。

そして、最近○ンスターペアレンツというのが話題になっている
けれど、あれは幼稚園や学校の中だけだと思っていただけにちょっと
新鮮でした。主張しないと損だ、みたいな感じがしたよ。

おじいちゃまやお母さんのほうが子どもみたいだなあ。



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2008年1月28日 (月)

フクザツですが

中学受験シーズンたけなわ。
文教地区はもちろんのこと、平均的に見て都心に近いほど受験
熱は高い。多いところではクラスの半分は中学受験する。
2月1日あたりに大きな山場を迎えるので、6年クラスの雰囲気
は我々の時代の高校3年生クラス並みになっている。

受験を控えて風邪をひいては大変と何日も前から学校を休んだ
りすることも珍しくない。

算数の少人数クラスでお受験グループを担当した。
担任からは「レベルはまちまちだけれど私立を受ける子ばかり
なんで塾に通っているし、適当でいいです。」なんてイヤなことを
言われたっけ。

なのでビシバシ好きなように教えたら、授業後その中の秀才くんが
「先生は○谷大塚にいたんですか?」と親しげに話しかけてきた。
・・・あたしの授業スタイル、○谷大塚式なの?(^_^;)
(私、塾に通ったことないんですけどぉ。)

そろそろ第二志望などが受かった子も出てきている頃。
自分に合う学校に全員進めますように。それだけ願っています。

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2008年1月15日 (火)

ぼくはどこまでがぼく?

自分の席を離れてふらふらと歩き回る子。
教室を離れ、校舎内をめちゃくちゃに走り回る子。
人の手をとってマジックハンドのように使おうとする子。

自分と自分じゃないものとの境目ができていないのだろう。

手遊びなどでマッサージのように身体に触れる遊びは、乳幼児
にする子どもっぽい戯れのように思われるが、人の育ちにとても
重要な鍵を握っていることが分かる。

知的に低いから赤ちゃん扱いするのではないことを知る人は
知っている。

自分のパーツ、自分の境を知るという大事な学びのプロセスを
含んでいて、そこを土台にして自我が確立されていくのだと思う。

目的もなく何かにかられているように駆けずり回る子どもは
「ボクはどこまでがボクなの?」と困り果て叫んでいるようにも
見える。自我のオーラにあちこち破れ目が見え、そこからトロトロ
もれだしているのを止めてほしいというように。

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2007年11月 9日 (金)

母さんは都庁

119 来年度の臨時採用講師登録申し込みのため、都庁へ出向いた。

仕事帰りに直接行かないと時間内に辿り着けないのでやや急ぎ足。

しかも今日は子どものピアノレッスンを山中湖行きで休んだ分倍時間お願いしたのでレッスンが終わる頃には日も暮れる。

都庁での面接を兼ねた申し込みが幸いにも順調に終わり、携帯メールでピアノの先生と連絡を取りつつレッスン終了前に私も合流できたので久しぶりにレッスン室にお邪魔して子どもの様子を見せていただいた。

あ、やっぱり悪戦苦闘してるな。最近以前ほど熱心
じゃないもんね。中だるみ著しい・・・。でも「練習イヤなら
ピアノやめれば。」というともぞもぞ練習を始める。やっぱり
ピアノ(の先生)が好きなのねぇ(^_^;)(美人女優さんに似て
らっしゃるのよ)などと思ってると。

優しい先生は「今日彼はがんばってト長調を練習しましたよ。
お母さまは都庁、ボクはト長調、なんて。うふふ(*^_^*)。」と
フォロー・・・(?)。

一瞬分からなくて「へえ。」と応えた私はちょっと間を置いて
ものすごくツボにハマってしまい、心の中で先生に座布団一枚
差し上げた。

仕事のことで暗い考え方をしていてちょっと疲れていたのだけ
れど意外なギャグに癒されてしまいました。ありがとうございま
す<(_ _)>。

やはりユーモアは必要だねぇ。



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2007年10月29日 (月)

あの時代の空気

引き続き風邪である。マイナス思考である。

先日来友人から「読んでみて。」と教えてもらった本を手に入れ
ちまちまと読んでいた。
「滝山コミューン1974」(原武史)である。
読後感からいうと、あまりすっきりしなかった。だからどうだ、と
いう気がする。しかし、読み捨てておけない気分が残った。きっと
同世代だからだ。

この頃の学習指導要領は1971年(S46)に改訂実施されている。
ネットで調べると「現代化カリキュラム」といわれているそうだ。
まさしく私が小学校に入った歳。これが次に改定されるのは
1982年。高校はS57年度の1年生から実施されたというから、
私は71年度から実施された学習指導要領で高校卒業まで
過ごしたわけだ(もうすぐなくなるからと教科によってははしょら
れたものもあった気がする)。

私が小学校に入ったときの最初の思い出は、せっかく揃えた
体操服がすぐに変更になったこと。「ちょーちんブルマー」が
普通の「ブルマー」になった(すごい古い話のようだ(^_^;))。

それと近所の高学年男子が児童会長か副会長に立候補して
落選し、半泣きだったのを目撃したこと。ポスターを貼って
選挙演説をした。一学年一クラスの小さな学校だったのに
(といっても一世代上の兄弟はクラス分けも検討されたプレハ
ブ人生だったような気がする)、なんで競わせるのかな、と思っ
た気がする。

高学年の頃、児童会の役をやらないかと先生に呼び出されたが、
昔からこういう性格(どういう性格だ)なので断った。素直に引き
受けておいた方が周りも自分も気持ちよく過ごせただろうとは
分かっているのだが(でもやっぱり性に合わん)。そういう流れ
に乗るのが好きじゃないのだ、きっと。

それからやたら流行った言葉は「平等」「多数決」「連帯責任」。
「オニのパンツ」の歌も知っている。

同い年の夫に聞いたけど「連帯責任」も「オニのパンツ」も知らな
かった。学校や先生によるのだろう。

班競争やボロ班、ビリ班はなかったように思うが、あの「連帯責任」
は今も私のトラウマになっている。よほどきつかったんだと思う。
(中学校になってからは反対に全てリーダーの責任にされてこれも
私のトラウマになっている。どっちもイヤだよ~~っっ!)

お上に忠実な島根で滝山団地のような運動は起こらなかったと思う。
ただ、その影響は少しはあったのじゃないかしら。

先生たちがどういう団体に入っているかなんて知らなかったけれど
教員に限らずストは多くて、オイルショック時には私も連れられ
スーパーにトイレットペーパーを買いに走った。

そういう時代だったのか世の中全体がなんだか「熱血」でざわざわして
いたような気がする。教育分野も理想をぶつけ合ううち熱くなりすぎ
目の前の子どもが置いていかれるようなことがままある。いつの間
にか独善的になるのに気づかない。同じ仲間同士がお互いを叩き
潰そうとして結局自滅する。まるでセイタカアワダチソウのよう。

そんな中で東京や地方の一部気づいている人たちが黙々とわが道を
行っていたのかな。

なんだか文章まとまりません。

ただ、島田雅彦氏の著書やNHK少年ドラマシリーズの話が出たのは
うれしかった。眉村卓氏や光瀬龍氏の作品に班活動の姿がダブると
思ったらやはりそういう一節があり、やっぱり同世代とこれもうれしく
なった。

それと西武鉄道沿線と東急沿線の話は面白かった。
なるほど、そういう現代史があるのかと東京に来て日の浅い私には
大変勉強になる話でした。

まとまらないままですがもう眠いのでこれにてオシマイ<(_ _)>。

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著者:原 武史
販売元:講談社
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2007年10月23日 (火)

予防接種

賛否両論あると思うが、私は結局母子でインフルエンザの
予防接種を毎年受けている。

かといって、何が何でも!とイキって受診しているわけでなく、
幸いなことに卵アレルギーがないことと、うちの生活環境を
考えたときに受けておいたほうがいいと思ってのことだ。

生活環境というのは、毎年末に新幹線などを使っておじいちゃん
おばあちゃんのところへ帰省する習慣があることと、私の仕事柄
インフルエンザの猛威に晒される確率が高いということ。

東京に引っ越したとき、たまになら行くことのできる範囲に
チメロサール(有機水銀化合物)フリーのワクチンを扱っている
病院を偶然見つけたのも続けて受けている理由だ。

重金属類の入っている予防ワクチンが自閉症の原因と考える
研究者もいるので、できたら避けたいと思っていたのである。

今年も既にインフルエンザ患者が出ているそう。タミフルの不幸な
事件も相次ぎ、医療素人の私には体調とお天気がよいときに
問い合わせて受け付けてもらえば受けておくという判断しか
できない(かなり引っ込み思案ですが(^^ゞ)。

迷える大きな子羊と小さな子羊は接種後ヨタヨタと帰宅し、
ヨロヨロと宿題とご飯とお風呂を済ませた途端、競うように
布団にもぐりこんだのでございました。(注射の心理的ショックは
眠って忘れるに限る(~_~;)。)

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2007年10月20日 (土)

わが身を振り返った話

地域の清掃ボランティアに参加。
近所の公共施設で小学校の校長先生とおまわりさんの挨拶を
聞き、自分の家に向かって通学路に使う道のゴミ拾いをしつつ
危険個所や万が一危険な目に合った場合の子どもの駆け込み
場所を確認する、という行事。

ご近所でないはずなのに休みの日に校長先生も大変だねぇ、と
思いつつ、子供連れでない私は小学生親子の列とは別の
目立たない場所に並んでいた。


ら、お母さんがうるさいこと。話をまるで聞いていない。
子どもが騒いでも知らん顔している。
ありゃりゃ、まとめ役のボランティア代表の顔が怖くなってきたヨ。
と、だんだん雰囲気が変わってきた。
どうするんだろ。まさか・・・。

代表が火を噴いた・・・(^_^;)。
校長も刑事?も差し置いて怒鳴った。
「子どもは親の背中を見て育ちますっ。なんという態度ですかっ。
私は恥ずかしいっ!呼ばれたからとりあえず出といたらいいと思っ
てるんじゃないでしょうねええ!!」

・・・し~~~ん・・・。

いやあ、胸のすいた瞬間でございました。

ゴミが捨てられるというのは、目や手が行き届いていない証拠で、
だんだん行為がエスカレートしていきます。丁寧に道を辿って
いくと、必ず普段見過ごしていた物陰があることに気づきます。
そして、親子で駆け込みOKのボランティア看板を確認することが
できます。
一石何鳥もの効果があるのですね。

いやあ、それにしてもええもん見せてもろた。
と、ご機嫌でゴミ拾いしつつたどり着いたうちの周りが一番
汚かった(-_-;)。風の吹き溜まり個所に当たるもので、落ち葉と
タバコの吸殻などなど・・・。ああ、うちの周りが要注意ポイントに
なってしまふ、と慌てて掃除しました(^^ゞ。

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2007年10月11日 (木)

当たり前のことなんだけど

至極当たり前のことなんだけれど、世の中には色んな教育法が
あり、メソッドとして研究され展開されていて素晴らしいなと思う
のだけれど、それを幾ら正確に理解し、忠実に真似ても最後の
ところというか一番肝心なところはその人の個性というか人柄に
かかっている。

その教育法がよい結果を生むのは、それを用いた人が自分の
個性と環境を最大限に生かせたからだと思う。

それを忘れて時に人は、マニュアルどおりにすれば必ず期待する
結果がついてくると思いがちだ。

「抵抗を0とすると」という仮定が現実にはないように、実際には
色んな要素が結果に影響して予想通りにいくことは滅多にない。
だから理想と現実の狭間で人は悩むのだ。

「聖子ちゃんカット」をしても聖子ちゃんになれなかったように(古)、
「エビちゃんファッション」をしてもエビちゃんになれないように
(そんなレベルか(^_^;))。

とはいえ、もちろん色々試したり努力したりすることはいいだろう。
相手の子どもが辛い思いをしない限りは。

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2007年10月 5日 (金)

話がずれる原因

先日日経新聞のコラムに面白いことが書いてあった。

ひとつは人がそれぞれに見ている色はやはり微妙に違うらしい
ことが証明されつつあるという話。私にとっての「赤」とあなたに
とっての「赤」は色合いが違うということである。

「深みのある赤ねぇ。」
「ほんと!ナンテ素晴らしいの。」
という会話をしている2人の感じる色味は、微妙にずれているのだ。

もうひとつは、柴田翔氏だったと思うが、学校教員の仕事内容の
実に7割は授業以外のことに費やされているという話。
そーだ、そーだ。学校行事や校外講師による授業は誰が段取
りつけるんだ。校外学習の準備は誰がするんだ。給食だって
指導範疇だぞ。研修会があって、報告書作成があって、職員会
議があって、宿題の丸付けやプリントの印刷があり、掲示物を貼り、
学級便りなんかも作って、授業の準備をする・・・一日の休憩時
間は平均8分だって。・・・というか、こんなぎりぎりの状態の中、
団体行動のできない子どもが受け持ちクラスにいると更に
教師側に余裕がなくなる。なんかギスギスしてヤなんだなあ。

しかし、ここでもう一つ別の話が思い浮かぶ。

働きアリの法則だ。
何割だったかなあ。働きアリもみんながみんな働き者というワケ
ではなく、そのうちの3割だったか少数だけがひたすら働く
らしい。その割合は数を変えても普遍で、しかも精鋭の働きアリ
ばかりを集めてグループにすると、その中でまた少数だけが
精鋭と化すらしい。

題にもしたが、話がずれるのはこういうこととも関係があるのじゃ
ないかしらと思うことがよくある。

話の土台がなんかずれているなあ、と思うこと、ありませんか。

見ている物が同じでも、色味や角度で人それぞれに違って見える。
普段身近な存在過ぎて分かったつもりでものすごい誤解を持って
常識としていた。レッテルを貼って決め込んで理解していた。

専業主婦はTV見ながらおせんべいかじっているほど暇がある
とか、教員はこうだ、とか、自分の中のイメージを相手に当てはめて
そこから話が始まるのがなんだか怖いな、と思うことが多々ある
この頃。その情報はどこからのものなのか疑わない怖さ。
これでは情報操作や洗脳なんてちょろいものだ。

「うちの子はそのくらいのこと前からできていました。」

全然できなかったことができるようになって教師としても親御さん
に伝えると喜んでもらえると思っていると、がっかりするような
答えに出会うことがある。

こうすればいい、とどこかで聞きかじったマニュアル話や教育
方針、親の希望をタイプも考えずに自分の子どもに押し付け、
当の子どもは学校でストレス発散。学校もそんな親に事実を
伝えかねて悩んでいるかもしれないこと、ちょっと頭の片隅に
入れておいた方がよい。そうでないと、お互いの言いたいこと
と理解できることがどんどんずれていく。

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2007年9月26日 (水)

研究授業

研究授業を見る機会があればできるだけ参観させてもらってい
る。二学期になって先日初めてそういう機会があり、普段のぞく
ことのないクラスの算数授業を参観した。

単元の目標は何か、本時の目標は何か、どんな導入か、適切な
発問ができたか、時間配分はどうか、板書はどうか、教師の立ち
位置はどうか、声の大きさ、話す速度はどうか・・・。

いちいちチェックすれば無限にある教師の研究項目。

気になるところはたくさんあったけれど(見る側の立場だから
お気楽です(^^ゞ)、落ち着いた先生とクラスでよい感じ。

それより見る側の先生たち。自分はいないことになってるはず
なのに、子どもたちが考える時間机間巡視するのはいいとして
声かけするのはいかがなもの。
「こうしたらいいんじゃない?」などと子どもに「教え」に入ったり
すぐ近くの聞こえるところで「この子はいつも面白い考えを思い
つくんです。」と先生同士で会話するのはタブーだと思うよ。
子ども、聞いてたし。可愛さ余っての横入りだとは思うんだけど
(~_~;)。

それはそうとして、壁の掲示物の名前と実際の子どもたちを見比べ
てなるほどと納得した。

掲示物は各人の理科の観察カード。
よく分かる絵や文章、面白いなあと思える視点で書かれたカード
の持ち主は、その授業でも面白い発想ができていたし、何をするの
かよく分かっている。

こうして時々参加させてもらえると勉強になって意欲も湧いてくるね。




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2007年9月16日 (日)

置き忘れてきたもの

少なくとも現在小学生くらいの子どもを持つ親は聞いたことがあ
ると思うが、人間の成長には順番があり、そのどこかの段階を
抜かしてしまうと土台が不安定なまま積んでいく積み木のような
状態になるというのは本当だ。

住宅事情もあるが、赤ん坊がハイハイするのは、単に歩く前の
不便な状態とだけ解釈するのはあまりにも単純である。抜かして
よい順番なんてないのだ。
転んだら危ないから手や道具を貸しましょ、といった対処療法的な
手出しは人間が本来持っている成長を却って阻害してしまうこと
になる。

ハイハイには、足の甲を床につけて這う方法と高這いといって
足の裏を床につける方法がある。この二つは違う運動になり、
使う筋肉も変わってくる。

本能的に組み込まれた順番により適切な時期にハイハイを
しっかりすることで、近い将来歩けるようになったときつまづいても
手を出して受身を取ることを自然に覚えたり、脳の決まった場所を
刺激したりして人として総合的に成長するといわれる。

それとは別に、幼い頃から厳しすぎるしつけられ方をすると、
目の届かない別のそぐわない場所で甘え行動が出る場合があっ
たり、間違った行動に対するちょっとした指摘でさえ本人にとっては
人格否定となり絶望したり、時には逆上することもある。

そういう子どもは小さいときに充分受け入れられた実感をもて
なかったようにみえる。幼いときに、愛されている、存在を認め
られていると感じられることが人間にとって一番大事なことなの
だろう(愛されていても接し方によってはそう受け取れないこと
がある)。

子ども時代って本当に敏感な時期で、だからこそ感受性が
豊かで可能性があって色んなことを吸収できるので少しでも
早く先のことを獲得できるのがいいと勘違いされてしまう。
そのため大人はつい手を出しすぎたり型に当てはめようとしすぎては
いないか常に自問することが必要な時代なのかな、と思う。

赤ん坊が小学生になり大人になるにつれ、獲得されなかった
ことで代償が大きくなって跳ね返ってくる感覚。置き忘れてきたものを
全然取り戻せないとは思わないけれど、そのためには何倍もの
労力が必要になるだろう。違うかもしれないが、球技などの
センスはあとでいくら学習しても小さいときから自然に親しんできた
人とは違いがあるのとちょっと似ていると思う。

アダルトチルドレン(○泉チルドレンではないよ)の説そのままに
信じるわけではないが、心のコップが満ちるまで(足りなかったもの
を取り戻せるまで)意識的にじっくり付き合っていく相手が必要と
思うことも多い。

必要な運動や自己信頼感のようなものを獲得しないまま成長し、
そのためにありえない怪我をした子どもや家庭外で見せるべき
でない甘え方をする子どもを見るたび、人が育つために無視し
てはいけないことがらの大切さを痛感する。


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2007年9月12日 (水)

二学期の子どもたち

夏休みも終わり、本格的に日常生活が軌道に乗り始めた頃
ですね。

子どもたちもやっと新学期の緊張が収まり、普段の喧騒ぶり
(-_-;)が戻ってきました。特に特別支援学級の子どもを普段
の生活リズムに戻すのはなかなか大変。

しかしながら自宅でもしっかりリズムを持って生活してきた子ども
は混乱することもなく、担任の先生方の事前準備(これが大変)
によりほとんど日常を取り戻しています。

時間講師の私は子どもたちのプライバシーを知らないのですが、
偶然知りえた夏休み中の出来事や子どもの事情、それに伴う
子どもの成長ぶりに驚いたり喜んだり。不安要素も多いけれど、
健気でうるうるしてしまうことの方がずっと多いです。

そして(理由ある)子どもの珍行動や迷発言に愛おしさが
増し、自分もがんばろうと姿勢を正すこの頃です。

まず私も普段の生活から、だね~(^^ゞ。

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2007年9月 5日 (水)

台風が来るぞ

スコールのような雨としばらくの晴れ間。
今日一日はそんな天気。
私は昨日と違って、職場の行き来中雨にも降られず、帰宅後
開け放した窓から横なぶりの雨が吹き込んで寝具や廊下をびしょ
ぬれにすることもなく済んだ(そう、昨日そうなりました(T_T))。

夜、学童の先生からお電話があった。
「台風が近づいています。明日学校が休みの場合、朝から受け
入れしていますので、お子さんをよこしてくださって大丈夫です。」
とのこと。
有り難いねぇ。
私が子どもの頃は、そういう場合放りっぱなしだったよ。

それで思い出したけど、今日補助に入った授業で金貨の話が出た。

先生「大判小判というのは昔のお金のことだよ。」
子ども「昔って・・・30年くらい前?」

3、30年?!
あたしが君たちくらいだった頃だよっ。

そう胸の中でツッコミ入れて考えた。
そうか、その頃の30年前って、終戦直後だ(>_<)。
確かに相当「昔」だけどさ、小判って・・・(~_~;)。


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2007年8月 4日 (土)

なかよしの形

特に小学校の教室には、学年の程度に合わせて前方壁の
黒板上辺りに学年学級の目標が書かれているだろう。
「協力」とか「仲良く」とかいった類のものである。

とあるクラスに張り切り先生がいて、決断や指示も早すぎるくらい。
それでも教師としての指導能力をみれば、私なんかよりよほど
「先生」に向いているんだろうな、と思うようなテキパキした方
(イヤミではない、念の為)。

その先生があるときクラスの児童一人ひとりに、丁寧に学期末
の言葉をかけた。自分が気づいたその子のよい行動、考え、
課題点。期待をこめて心から話しかけた。

その中の物静かな子に対してもその先生は一生懸命褒めた。
そして課題点へ。休み時間一人でいるのがとても気になる。
もっとお友だちの中へ入って過ごす社交性を持ってほしい、と。

私も気にはなっていた。長い休み時間、その子は薄暗い教室
でいつも頬杖をついて机についている。

しかし、それは社交性がないからかしら。友だちからはみ出して
いるからかしら。そうではないと私は思う。その子はただそうや
ってしばし休憩しているのではないかしら。

授業やHRには友だちと組んで参加するし、嫌がられている気配
も全くない。雨の日にいつもなら外に出る子たちと室内で遊んで
いる。

友だちと一緒に行動しないことイコール友だちがいない、社交性
がないなんて、あまりにも早合点じゃないのかな。
そういうのが強迫観念になって、仲間はずれに過敏になる土壌
が育つのではないかな。嫌でも周りに合わせなくちゃ、とストレス
をためてしまうのではないかな。

「私たち友だちよね。」
「○○(何かの行事)のとき、一緒になろうね。」

言われて嬉しい言葉だけれど、あまりに過剰な人もいる。
そういうのも問題だと思う。

積極的な人、消極的な人、いつも誰かといないとダメな人、
普段は群れたくない人。色々いて当たり前。
必要な場面で仲良く協力できればそれで充分。

それを一つの価値観で判断したりされたりではたまんないな、
なんて感じた出来事でした。


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2007年7月31日 (火)

ケンコーシンダン

年に一度の健康診断日。
仕事の性質上、特に結核でないか証明する必要があり、これ
までのような不定期な時期に講師になった場合は自費で
レントゲン写真つき健康診断を受けなければならなかったので
今年は喜んで受けてきました。

そんなわけでこれまでは「異状なし」かどうかばかり気にして
いたのですが、今回は数値に目がいったりして。

・・・身長が減り、体重が増えていた・・・(-_-;)。

学校に戻ってから身体を動かす仕事(特に背を伸ばすような)を
買ってでたのはいうまでもありません。

そんな気がしていたの。う。くやしい。
(食べ物おいしいもんなあ(T_T)。)

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2007年7月22日 (日)

好きな道

JJが職場で取材を受け、とある専門月刊誌に堂々5ページ掲
載された。

専門誌なのでうちの周りの小さな本屋さんでは手に入れられず、
夫にジュンク堂で買ってきてもらった。

二人でページをめくると、おお!顔やコメントがたくさん載って
いるぞ。にこにこしている。集中している。JJも周りの人も
かっこいい。

好きなことがあるって素晴らしい。
その道で食べていくっていろんな意味で偉いと思う。

そういう人にたくさん会ってよい刺激をもらって、自分が少し
でも成長したときにまた周りの人にお返しして・・・そういう風
に響き合える存在になりたいな。

どんな専門月刊誌かは、日頃おつきあいのある方には
お教えしますので直接お問い合わせ下さい<(_ _)>。

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2007年7月11日 (水)

育てる ということ

身近に障碍者がいない家庭では、障碍児の子育ては自分とは
無関係だと思う人が圧倒的に多いのではないだろうか。

けれど、それは全く間違ったことだと感じる。

「子育て」という言葉を嫌う方もいる。子どもを育てているので
はなく子どもに育てられているという考えや、子どもは自分で
育つのであって余分な手出しは必要ないという考えだ。

そこまで敏感ではないが、私も「子どもを育ててやっている」とい
う感覚には反対だ。思い通りに結果の出ない育児に関わってい
るうちに気がつけば大人の方が成長させられていた、という意味
では大人も同時に育てられているのだろう。
でも、自分が育つために子どもを持つのではないし、子どもが
いるからもう自分は大人として成長したということではない。
あくまで副産物というか、結果である。

子どもは神さまからの預かり物だと思っている。自分の所有物
ではない。自分の感情や希望ばかりを注ぎ込むのは僭越だ。

その子はどう育ちたいのだろう。何が必要なのだろう。どういう
状態なのだろう。自分とは違う存在だと認めた上で悩めば
親の方も成長するのだろう。

「障害児を育てる」(茂木俊彦 大月書店)
という書籍がある。四半世紀前の発行だが、そんな昔から
こういう書物があることに驚いた。こつこつと研究と活動が
続けられているものなのですね。

話は最初に戻るが、上記のような本を読むと改めて「障碍児」
を特別視するのはおかしいと分かる。

赤ん坊の頃からの成長の順番の大切さ。
ハイハイをせずにいきなり歩かなかったか?
早く歩いた方がいいと歩行器に入れて育てなかったか。
長い距離は歩けないからといつも歩かせずにいなかったか。
偏食を治そうとするあまり、いつもいつも味を分からないように
細かくして好きなものに混ぜ込むことばかりしていなかったか。
生活リズムがついているか?

周りの環境が子どもに与える影響。
大人しくしているからとテレビやビデオ(今はDVD?)を
つけっぱなしにしていなかったか。

ハイハイの時期を抜かしてはよくないというのは昔から一般的
に知られていると思うが、私の狭い行動範囲でも今だに歩行器
やそれに似た乗り物?に入れている人を見かける。
同じハイハイでも足先を伸ばすのと高這いといって足裏をつけ
るのとは違う運動になる。そういう過程を通ることによって、身体
面の運動機能が発達するのだが、実はそれだけではないのは
あまり知られていないのではないだろうか。

足腰の発達は脳の発達や働きにも非常に関係があるのだ。

手先を鍛えるのは脳にもよいことが良く知られているが、実は
足腰も無関係ではない。

知的・情緒的に安定するにはまず身体の働きを整えることが
必要なのだ。

健常児がハイハイを抜かして成長したとしても、おそらく転んだ
とき手をつかずに顔を怪我した、くらいの代償で済むのだろう。
が、なんらかの障碍を抱えている場合、ひどいときには身体の
一部が機能麻痺することも考えられる。

障碍児はいわゆる健常児に比べて、過敏な部分と鈍感な部分
の差が大きい。円満な成長を手に入れるには通常の何倍もの
配慮が必要になる。そしてその配慮は保護者だけで乗り切る
のは無理で最低限でも周りの友人、地域の協力が必要になる。

こうしてみるとやっぱり人間は自然界の一員で、他の生きもの
に比べて突出している特徴はないものの、どの特徴も備えた
複雑繊細な社会的生きものなのだなぁ、と感じる。そして、
予め備えられた才を存分に育むには順番や機会を無視する
ことのないよう気に留めておくことが親としての務めなのかな
と思う。

先に紹介した本は、古書として○マゾンなどでも扱っています。




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2007年7月 5日 (木)

せんせい

我が子を校外施設で学ぶ水泳授業に送ってから、私も自分の
受け持ちクラスの水泳授業へ。

いつもは一人でする授業も、水泳となると危険を伴うため複数
でスタンバイ。いつもなら次の学校へと急ぐプレッシャーがある
のだが、変則スケジュールの関係で他の先生の様子をじっくり
見る機会をもつことができた。

今日中心になって授業を進めた先生は、超ベテランの女の人。
2クラスを4人の大人でみるのだが、彼女のしきりで非常にスム
ーズに事が運ぶ。

指示が明快なこと。
ダメなことはダメと愛を持って子どもに伝えていること。
言葉で伝わりにくいことは見本をしっかり見せること。
子どもをうまく乗せる力があること。
何をすべきか大人のチームにもすっきりと伝えてくれること。

全部基本的なことなのだけれど、なかなかできないことだ。

こういう方ばかりだったら公立学校も救われるのに。
もう管理職になってもおかしくない年齢の方なのだけれど、
きっと子どもとじかに向き合っていたいと思っていらっしゃるの
だろう。

久しぶりに気分が爽快になった。
で、しっかりプールに入ってきちゃった。
私も乗せられてしまったようだわ。

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2007年7月 4日 (水)

どう指導する

教員養成などの授業でよく言われた言葉。
「オトナの常識を当てはめるな。」
・・・直接そう言われたわけではないのだが。

他には「子どもは大人を小さくしたものではない。」と
いう言い方もありますね。

代表例でしばしば耳にしたのは、幼稚園の子どもが絵を描いて
いる場面。りんごをピンクに塗ろうとしたらすかさず「○○ちゃん、
林檎は赤でしょ。」と赤く塗らせるという話。

○○ちゃんは、赤い林檎を知っていてもそのときはピンクに塗
ってみたかったのかもしれない。青林檎を見てピンクもあるかも、
と思ったかもしれない。

赤い林檎だって細かく言えば下のほうが赤くない場合だってある
し、黄色い林檎だってある。なぜ紋切り型に「赤」く塗らねばなら
ぬのか。絵ぐらい自由に塗ったっていいでしょ。・・・という話。

「林檎」イコール「赤」という紋切り型の教え方しか知らない先生
はとても裁量の狭い人だと思う。

しかし先日ちょっと判断に迷ったことが。
海のものの塗り絵。

授業補助に行った先で蛸の絵が。
みんなさっさと「赤く」塗る。
先生は言う。
「○○は○色でしょ。あ、××さん、△△は○色じゃないわ。
それに蛸は赤よ。」

う~ん。生きている蛸は赤じゃないと思うんだよな。
でもそこまでリアルに追求するべきでもないかな。
それでも私、そのことに大人になるまで気づかなくてびっくりしたし
なぁ。

特別支援対象の子に対してはまず「一般常識」のような物差し
を示すことが大切で、だからこそ「蛸は赤」となるのかもしれない。
その子はふざけて実物とかけ離れた色を塗ったので指導された
のだけど、その一人の子以外全員がさっさと赤く塗ったことに
ちょっと疑問を感じてしまった。







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2007年6月27日 (水)

強さ

Book はぐくむ 2 小学校編―自閉の世界をひらく母と子の記録 (2)

著者:森 正子
販売元:ぶどう社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

最近は自閉症の知名度?が上がり、関連書籍もずいぶん手に
入りやすくなった。一方世間では安易な理解のされ方も多くみられ、
その分誤解も氾濫していると思う。

この本はほぼ四半世紀前に書かれたものである。
が、全然古くない。それどころか知識と知恵を振り絞り、ときに
体当たりで子育てをした母の記録としては大変レベルが高く、
一般的な子育てにおいても学ぶ点が現在でも非常に多い。

「専門家の意見を鵜呑みにせず、この子を観ることから始めよ
う」と決意した幼児期。当時そんな聡明な判断のできる人は
稀だったろう。

敢えて選んだ普通学級での生活。ただ要求するだけではない。
その分親として果たした責任。周囲への感謝の念。

多動の自閉症の子どもを含め四人の幼い子を育て、仕事を
抱えつつ大学で学ぶ。一人でなくみんなで、というスタンスが
気持ちいい。

強くならざるを得ない、という思い。「愛しい」は昔「かなしい」と
読んだ、と思い巡る場面。

何かにつけ相手に要求し、正誤を即決する現代の子育て
を悲しく感じた。今の親世代は弱いのかもしれない。

1,2ともに読んでほしいが、特に2は「9歳の壁」や思春期へ
向けての問題が多く述べられている。

自分や我が子について振り返りたいとき、気弱になっている
とき、ぜひ読んで欲しい。

支離滅裂な説明で申しわけないですが、久しぶりに自閉症
関連での良書を見つけた興奮で舞い上がってるとお許し下
され。

この少年、今はどうしているだろう。続編は書かれてなさそう
なので、気になります。


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2007年6月12日 (火)

はぐくむ

はぐくむ 1 幼児期編―自閉の世界をひらく母と子の記録 (1) Book はぐくむ 1 幼児期編―自閉の世界をひらく母と子の記録 (1)

著者:森 正子
販売元:ぶどう社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

30年くらい前の自閉症児を持った母による我が子の成長
記録である。古いかなと思いつつタイトルに魅かれて手に取った
が、大変内容の濃い本だと思う。

30年前といえば、医者の間でも自閉症についてかなり誤解され
ていた時代だ。4人の子の母である筆者が、巷の「専門家」に
丸ごと頼ることなく、かといって放棄することなく自閉症の我が
子を丸ごと受け入れて共に生きていく道を切り開く様子に心が
動かされる。

しかも、現在自閉症研究分野で有名な医師からも学ばれる
など、母としての個人的な感情ばかりでない模索の仕方が
お子さんの成長によかったのではないかと思う。

この本には小学校編の続編もある。さらっとしか読んでいないの
で、じっくり読んでみたい。

なお、お子さんが通った保育園は、リズム体操を考案実践した
さくら・さくらんぼ保育園である。

本家本元を拝見したことはないが、我が子がお世話になった
幼稚園ではこのリズム体操を取り入れていた。
先生方の選択になんとなく、納得。

幼い頃は、とにかく身体という器をしっかり作ってやること。
生活リズムをつけること。
マッサージもいいよ。

・・・なんてところ、私の心にぴしゃりと当てはまった。
そのノウハウをどう使うかによって違いは出てくるだろうが、
今日偶然リズム体操の指導者にお会いしてお話を聞いた限り
では我が子もリズム体操をさせてもらってよかったな、と思う。

あくまで身体を動かすことが子どもにとって楽しくないといけません。
いい言葉だな、と思った。

自分の身体が思うように動く喜び。単純だけどとても深い意味が
ある。手があり足があり、それらは自分の一部なのだ。自分の
足ですっくと立つ。自分の手で何かを掴む。自分の意志で。

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2007年6月10日 (日)

雨の検定会場

6_002 今日の関東地方の雷雨はすごかったねぇ。

本日は子どもの漢字検定日だったので、お昼前に外出せねばならず、雷がゴロゴロ鳴る中を出かけてきました。

折りしも23区内に大雨洪水警報の出ている時間。

それでも池袋の駅を出ると、教育熱心そうな親子連れがなんとなく同じ方向へと向かっていることに気づきその流れに沿っていくと自然に会場に着いた。
6_001 もっとも、最初に後を追っていた親子連れは、検定会場手前のお寺に入っていったんだけどね(~_~;)。

池袋はちょっと歩くとお寺がたくさんあると聞いていたのはホントのことだったのね。

話が変わるけれど、漢字検定を受ける子どもの親って、どこか共通する雰囲気があることに、今回も驚いた。・・・私もそんな風に見えるのかも、ね。

よくも悪くも不思議な現象です。

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2007年5月29日 (火)

学校の指導でイヤだったこと

TVのバラエティ番組でお笑いの人たちがしゃべっていたことで
印象に残ったことがある。

○笑問題と○リラジの片方が、それぞれ言っていたのだが、
高校時代のHRなどで「二人組になれ。」とか、「好きな者同士で
グループを作れ。」などという教師の指示が嫌だった、というもの。

彼らの場合、修学旅行で無理やりどこかのグループに入れら
れたものの非常に居心地が悪くて仕方がなかったと。

一人は、グループ行動での観光中に意図的に撒かれてしまった
んだとか。

もう一人は修学旅行のスナップ写真を(写ってないんで)一枚も
買わなかったことから、そのことを題材にHRで話し合わされた
って・・・。

笑えないよね、こういう無神経さ。

今もある教室の前黒板の上に掲げられた「みんな仲良く」の
目標。中国ではもっぱらああいうスローガンはできていないこと
を表していたんだな。

この二人のお笑いのうち、片方は友だちがいなかったと公言
していたので「ひどいことするヤツラ~。」と苦笑して済んだの
だが、もう一人の方は意外だった。

私自身あの二人組に、とか5人グループに、というの、心底嫌
だった。体育などのゲームでは楽しいけれど、みんな平等に
楽しく活動するために必要な指示だとは思えない。教師側の
怠慢だよ。

協調性や社交性を伸ばすためならもっと違う自然な方法が
あると思う。(こういうグループ決めがあるせいで、特に女子
の間には無意識にせよなんらかの根回しがあることを教師
は知っているのだろうか。)

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2007年5月28日 (月)

みんながんばったなぁ

週末春の運動会があった。
学校では準備に追われる人影でざわめき、ぴんとした空気が
張り詰める、いつもと違う朝。

そもそもなんで週末に学校に行くんだ?
登校時間だって違う。
朝っぱらからおうちの人たちも席取りに校門前に集まっている。
なんで。なんで。なんで~?!

・・・と顔がこわばり既にパニック寸前の児童数名。

いやだ~っっっ!!
助けれ~~\(゜ロ\)(/ロ゜)/

の声が廊下に響く入場前・・・(-_-;)。

不安だよねぇ。日々いつもどおりに暮らしたいだけなのに。

予めどんなに予告、準備していても不安に耐え切れない子は
どうしてもいる。そういう子だけ個別の先生に対応してもらって
他の子と椅子を持って校庭に移動。・・・といっても事前にどの子
のどんな状態に対応するか打ち合わせしてあるので、あっちと
こっちの小爆発を小声で確認しあって席順なども微妙に調節。

私の居る間はとりあえずもった(~_~;)。
というよりみんなとってもよくがんばった。

徒競走は通常クラスの子と混じって走るので、私はゴールで
誘導係。
先ほど書いたパニック児童などはどうなることかと思ったが、
さすがプロ!の先生にうまくなだめられ、無事出場。コース途中
で立ち止まってしまい、私がゴールで一旦呼んでみたが逆に
逃げるかも、と思って本能的に逆走(その方が怖い(^^ゞ?)、
唖然として身の振り方を考えあぐねている隙に手を引っ張って
強引にゴールイン。

また別のご機嫌な子は、観客席に向かって立ち止まり笑顔で
ご挨拶。「お~い!」と手を振ると「あ、そうだ。」と笑顔のまま
ゴールイン。たくさんの人にものすごくあったかい拍手をもらって
いた。

そうかと思うとまた別の子は、ダントツの一番。普段多動で
苦しむことが多いのだが、こういうときは思いっきり活躍できる。

みんなで揃えて何かすることがとにかく苦手な子ばかりなのだが、
よくがんばった。

人の視線を痛く感じる子も、過剰な攻撃で身を守ろうともがく
子もみんな晴天の広い空の下(彼らには広すぎてどこにいて
いいのかわからなくなる)、本当によくがんばった。

ここまで乗り切ることができたのは、本人の努力と先生方の
上手な誘導があってのことだ。こうやって一歩ずつ積み重ねて
いくんだね。周りの友だちが何の気なしにこなせることを、彼ら
は何倍もの時間と努力を重ねて。

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2007年5月22日 (火)

花粉症?

このところ朝一のくしゃみが止まらない。

そいでもって今日は数時間毎に所構わず立て続けにくしゃみ
くしゃみくしゃみ・・・。

目はかゆい。目玉を取り出して洗いたいとはこのこと。
せめてコンタクトレンズを外したい~!

こうしてメバチコができ、充血して、鼻の周りは真っ赤。たえず
くしゃみハナミズに悩まされた私は、子どもたちに優しく心配
してもらったのある。(「泣いてるの?」って(~_~;))

ああ・・・やっぱりイネ科かしら。

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おすそ分け

521 もう勤めが終わった小学校の子どもが偶然近所に引っ越してきてばったり出会った(^^ゞ。

こういうの、ちょっと苦手。ほんの一時期の仕事だったのでそんなに親しくなることもなく終わったし。

でも奥ゆかしい子というか、特にずかずか私の生活圏に入ってくるわけでもなく、どちらかというと遠慮しながら出入りしている様子。

そんなに意識しなくなった頃になってお母さんと一緒に摘みたての苺を持ってきてくれた。聞けば
大きな畑を持っているお友だちの家で摘んできたものという。
一緒に過ごしたクラスメイトも一緒に摘んだんだって。

持ってきてくれたときには、ライナーの部分も付いていていかに
も子どもが摘んだと分かる摘み方。わくわくしながら熟れた苺
を探し出してはそぉっと摘む様子が目に浮かぶ。

たくさん摘んだから、おすそ分けに私を思い出してくれたん
だって。

商品として店で並んでいるのではないいろんな大きさの粒。
熟れていて本当に甘かった!

ごちそうさま。とっても美味しかったよ。
ありがとう。

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2007年5月21日 (月)

今さら

仕事帰りに電車に乗ると、居住地自治体の公立小の団体と同じ
車両に乗り合わせた。遠足帰りらしい高学年クラスだ。

そこの小学生の8割以上が座席に座り、座りきれない子どもが
座っている友達としゃべっている状態。楽しい校外学習後の
姿だった。

が、すご~くマナーが悪い。あんなに悪いのは初めて見た。

両手で吊革につかまって懸垂する女子、車両で追いかけっこす
る男子。ドア付近の空いている場所に立っていた私にぶつかり
ながら取っ手につかまってぐるんぐるん廻る大柄な男子。私の
足を踏んでもごめんなさいの一言もない。気がつかないよう。

特別支援学級で、細かい生活指導をしたばかりだったので心底
びっくりしてしばし観察していたが悪びれる子は一人もいない。
すぐ近くに50くらいの引率者のおじさんがいたのだが、あれは
担任?!

君たちのような態度の子は、歩きなさいっ!公共機関ではしゃぐ
ほど力が余っているのなら余計に乗るな~!

なぜきっぱり言わないのか。まるで大きな未就園児だ。
もう少し大きくなったら車内でお食事やお化粧をしたり直に座り込
んだりするのだろう。担任の先生は何を思っているのか。
特別支援学級の子がそんなことしていたらたちまち白い目で
笑われるのに。だから必死でマナーを教え続けているのに。

・・・そういう私も黙って目的地で降りた。

今さらながらの光景にものすごく疲れてしまった。いいところが
あるかもと観察し続けたのも悪かった。今回はいいところなんか
見つからなかった。

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2007年5月19日 (土)

ご縁

子どもの学校の用事で出向いた先で偶然お茶に誘っていた
だき、その方のお友だちと喫茶店でしばしコーヒーブレイク(て、
私コーヒー飲めませんのでカモミールティブレイク)。

誘ってくださった方ともそれまで殆どお話したことはなく、もとも
と用事が終わったら子どもが帰宅するまでお昼寝しようと楽し
みにしていたので、何故ノコノコ付いていったのか不思議であ
る。

なんやかんや言っている間に話題は教育問題になってきて、
ふととある本のことが思い浮かび、口にした。

「同じ島根出身の編集者という仕事を持った方が書いた本が
あってね、『理想の小学校を探して』という題名だったと思うん
だけど、面白いですよ~。」

それまで穏やかにお茶を飲んでいらした初対面の方がやおら
落ち着きをなくして聞き直す。

「あなた、島根出身?」
「(・・? ええ。」
「どちら?」
「浜田。」
「私、益田よ。」
「おお\(^o^)/。」
「・・・その本、私が書いたの。」

・・・え~~~っっっ\(◎o◎)/!・・・ 

びっくりしたぁ・・・。のけぞった。
本人の前で書評しちゃったよ。

理想の小学校を探して Book 理想の小学校を探して

著者:草生 亜紀子
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ということで、お勧め本としてご紹介します~(*^_^*)。

いわゆる名門校のお受験先を探す本ではありません。
そういうものを求めている方ではなく、この本の結末がとても
好ましかったし、今もその基本姿勢に変わりないところが清清
しく思えるのだ。

そして、おまけというにはあまりに勿体無いのだけれど、今回
お茶に誘ってくださった方は、お子さんがとあるシュタイナーこど
も園ご出身だと知った。

だからというわけではないのだけれど、ご縁というのは本当に
あるのよね、と感動した一日だった。(子どもの方が先に帰宅
してしまっていたわ(^^ゞ。)

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2007年5月16日 (水)

どちらが幸せ?

親であれば、我が子が幸せであってほしいと願うのはごく自然
なこと。
そして、充実した学校生活を日々送って欲しいと願うのもごく
当然のこと。

充実した学校生活とはどういうものだろう。

開校以来の成績を残す天賦の才能を開花させることだろうか。
そういう小学生もいるだろう。が、大抵は通常学級で尊敬できる
先生と楽しい仲間に恵まれて、心身ともにしっかり成長をしてい
くことを我が子の学校生活に望むのではないだろうか。

通常学級と心障学級に同時進行で入ると、その世界の違いに
改めて気づかされることがよくある。

入学時検診で特別支援学級を勧められたり要チェックリストに
入れられたりすることを極端に嫌う保護者がいる。我が子を
否定された気になるのだと思う。すごく分かる。痛いくらい。

だが、考えて欲しい。
一年生のうちはまだはっきりしないのだが、2年3年と学年が
上がるにつれて、友だちは成長していくなかただ一人成長
できずにいる子どものことを。

幸せだろうか。いたたまれないのではないか。

通常学級は先生一人対数十人の団体である。先生と一対一の
関係は結べない。自分は今、何をするのかしているのかさえ
把握できない子にはその場を壊すかふらふらさまようしか
時間をつぶす術がない。

軽重の差はあれ、現在関わる通常学級には必ずと言っていい
ほどそこにいる幸せを感じられずにさまよい続ける子が存在
する。

特別支援学級は、そんな子どもの個別対応をできるだけ考えて
いくところだ。もちろん予算に限りがあるので満足はできない。
が、例えば精神的に過敏な子を否定するのではなく理解した
うえでどう日常生活に対応していくか教師側と親が対抗せずに
話し合っていくことのできる場と考える。

今いる特別支援学級の職員室では、先生方が成長の可能性
を親身になって話し合っている。問題のある子を排除するので
はなく、子ども同士の組み合わせ(なんといってもコミュニケー
ション能力に問題のある子がくる所なので)を考え、個々の課題
を工夫し、精一杯対応している。

ほったらかしになりがちで、最終的に学級崩壊の引き金になった
とクラスメイトの親から酷い言葉を浴びせられるかもしれない通
常学級に無理にしがみつくより、こっちの方が何倍も幸せだよ
なぁ、と思う一日だった。

もちろん先生やクラスに恵まれる場合もあるに違いない。だが、
それはその子自身の個性による部分も多い。多動の子はまず
無理だと思う。我が子が通常学級に合っているかどうか、親も
本当の意味の大人、保護者として冷静に見極める必要がある
だろう。

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2007年5月11日 (金)

突風

今日は「突風」が吹き荒れた一日。

子どもは都外に遠足へ。私はお見送り後仕事へ。
今日の授業はたまたま外歩きと体育。
ほとんどずっと外。こんな日に((+_+))。

使い捨てコンタクトレンズ使用者なので目がすぐ痛くなる。ゴミが
目に入るからだ。

目にゴミを入れてはまずいので、ひたすら目を細めてのしかめっ
面(お口も閉じるわ)。睨みをきかせているようで我ながらイヤな
感じ。

イヤといえば、帰宅したとき自宅前が飛んできた若い枝や若葉で
一杯になっているのを発見したとき。

いやぁ。これぞホントの「風の街」ですな。東西線も止まったくらい
だものね。

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2007年5月 8日 (火)

曖昧さを察するということ

担当している学級の一つは、特別支援学級である。
それぞれ抱えている問題は違うのだが、共通しているのは
人とコミュニケーションを取るのが苦手という点だ。

であるから曖昧な表情や言葉は理解できない。
場違いな行動をしたり、言葉の意味を取り間違えたり。
見た目、聞いた感じと裏腹の状態を察するのは実はなかなか
難しい。高度なコミュニケーション力が必要だからだ。

穏やかな顔と口調で「それはいけません。」と言っても通じない。
怖い顔と押し殺した声で「ダメ」と言いながら実力行使に出ない
とハイパーな状態が止まらないことも多い。嫌なのだけれど、
ニコニコ顔に戻るには注意が必要なのだ。いきおい顔が怖い
ままということも(>_<)。

まず彼らの中にしっかり基準を作ってあげるところから始める。
いつか自分で曖昧さを察することができるようになるために。

というわけで始終穏やかニコニコ顔は無理だとしても、せめて
愛をこめてコワモテ顔をしてみようと試みるのだった。

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2007年4月24日 (火)

居場所

あるとき、ある養護学校に一人の見学者がやってきた。
学力的には通常校になんとか通えるものの、車椅子に乗って
いるために学校生活があまりに不便で肢体不自由校を「一応」
見学しにきたのだ。

教室のごろりスペースに集まり寝転びながらイベントの話合いを
していた我々の直ぐ傍まで車椅子でやってきた彼は、簡単な自
己紹介をし合うとクラスメイト候補たちが学んでいる部屋を見回
しながら、上から(車椅子なので)見下ろすように言った。「キミ
たちとは一緒に勉強しないと思うな。」

そして、そのままアゴで車椅子を方向転換させ、一緒に見学に
来ていた保護者の方の元へ急いで戻っていった。

はっきりしない物言いで一生懸命自己紹介をしていた、同い年の
男子が、悲しそうな表情を浮かべた。友だちが一人増えるかも
しれないとちょっぴり期待していたのだ。
介助の先生も下を向いて言った。「あの子は来ないかもね。」

そして来なかった。

肢体不自由校は、当然肢体が不自由な子どもが入学してくる。
ただ近年、重複障碍が圧倒的に多い。手足が不自由でかつ
知能的にも遅れがあるということだ。

見学に来た子は、そんなところに自分が入るなんて、とプライドを
傷つけられた気分だったのだと思う。

あの子は結局どこへ行ったのだろうか。いくら通える距離といっ
ても数の少ない養護学校は通学範囲が広く、スクールバスで
片道1時間以上かかっていたはずだ。

一方、特別支援学級があっても通常学級で学んで欲しいと願う
親心も分かる。ただ、入学以前からの友だちがいるから、とか、
親が付いてくるから、というのなら本人もクラスに溶け込み易い
のだが、そういうわけではないことが大体のケースだ。

学級経営補助員や副校長が授業を抜け出す子どもを追いかけ
続ける。彼らには居場所がないのに。

無策のノーマライゼーションは、ただの教育の混乱。
しかし、事細かに羅列した教育場所の区別もどうか。
いくら条件を細かくしてもグループ分けし切れないのが人なのじゃ
ない?個々人の居場所なんて、お国の通達でカバーしきれると
本気で思っている人いるのかしら。

もっと学校や個人に教育方法の選択権があるほうが実情に
あっているのではないか。

今日もそんなことを考えさせられる一日だった。

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2007年4月20日 (金)

おとぼけ勤務日

今朝は、夫の仕事の都合で5時前起き。

夕べは3時寝(といってもそれまでうたた寝
していましたが(^^ゞ)。寝ぼけたまま一日のスタートを切りました。

それに加えて子どもの学校もイレギュラーな予定。
行事のためお弁当を作る必要があったのと、その行事を休む
私は色んな提出物を勤務前に全て出してしまおうと思ったので
した。

朝ご飯と夫のお見送りと洗濯物干しとゴミ出しとお弁当作りを
目標時間内に終わった私は余裕シャクシャク。
外を見るとよいお天気。
提出物を子どもに持たせたり、近所の友人に預けたりするより、
直接学校に行って出してこよう、と妙なやる気を見せたのが
運のつきでした・・・。

勤務時間を間違えたのですわ(T_T)。

いや、実際には遅刻する直前に気づいて事なきを得ましたが。
「入り」を一時間間違えていたよ。

乗っていた電車で気づき、の字に「 」を付けて叫んでしまっ
た(ーー;)・・・。

結局降りた駅からタクシーを飛ばし、ぎりぎりもいいところで到着。

それからはひたすらダッシュ。
体育に外歩き2時間に、別学校で体育。
ず~っと駆け足。ず~っと。ずっと(-_-;)。

帰るときも駆け足。子どもに放課後の用事があったため。
今はもう足が前に出ない。

しかしとりあえず抜けはなく済んだ。よかった。

なんだかすごい一日だったわ。

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2007年4月17日 (火)

特別支援学級

東京は今日も雨。
しかも寒い。
使い残した灯油も無理やり使い切ろうとしていたのに、残り少
ないのを有り難く使っている状態。

学校勤めの方は、同じ日にクラスを渡り歩くときもあり、その
クラスのありようと違いに改めて考えさせられることも多い。

旧称養護学校、現在特別支援学校というのだろうか、そこに
通う意味、通常学校の特別支援学級に通う意味、そして通常
学級に学級経営補助員をつけてもらって通う意味・・・。
色々あると思う。

ただ、昔からクラスに2,3人はいたというADHDの疑いのある子、
そしてその他のボーダー上にいる子を入れると、大体三十数
人いる現在の一般クラスには5,6人特別支援の対象になる
可能性のある子がいることもめずらしくない。

また、一般にベテラン管理職が「あの子はそんなんじゃない。」と
担任の意見をねじ伏せることも少なくない。

今は、昔のやんちゃイコール多動の子とも少し違っていると
感じることもある。本当に何かが変わっている。これが、インディゴ
ブルーのオーラといわれるものなのかな?

そんな訳で、学習活動が本格的になる2年生後半くらいから
3年生にかけて、ごまかしきれなくなった本人が荒れ始め、
結局悪い雰囲気の中、なんらかの特別支援を受ける例ばかり
見てきた。

実情に合わない教育を続けていると、きっとどこかで破綻する
のだが。

通常学校の特別支援学級、色んな取り組みをしている。ああいう
ところでシュタイナー教育のニュアンスを取り入れられたらいい
のにと思う。心が傷ついている子がとても多いから。

それができなければ、せめて女の先生、もうちょっと笑顔でいて
くれるともっとええ感じなんだけどな。(忙しすぎ(>_<))

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2007年4月11日 (水)

落ち着かないのはみな同じ

今はどこの小学校でも新学年に進級した子どもたちが、新しい
生活に慣れるとき。

新しい複数の職場に入れてもらう私は、勤務のための書類を
早く整えてもらわないと、お給料が入らない。時間講師なので、
新採用、転入、嘱託、代替講師、などなど数ある身分の中では
後回しになりがち。自分で処理すべき書類と処理先を探して
アピールする必要がある。

子どもたちが短縮授業の間にそれら雑務を片付けて早く
落ち着きたいので、今はとにかく集中して事務面を片づけ中
(個人的にはそっちの方が性に合う(^^ゞ。)

一方特別支援学級も新鮮な空気に満ち、様子見の子、そわそわ
する子、相変わらずの子、今はガマンしているがもうすぐ爆発
しそうな子、などなど新学期ならではの様子を呈す。

通常学級で親切にお世話されすぎ、何も身についていない子は
自分でとりかからないと誰も助けてくれないことに少しずつ気づき
始め、動揺する子。

自分の恐れる子が、クラス替えや教室替えでどこに行ったか
気になり、毎回事あるごとにあちこち部屋を廻って自分の近くに
いないことを確認せずにはいられない子。

入級したことがうれしくて、ひたすらハイテンションの子。

一種異様なクラスの様子に耐え切れなくて切れまくる子。

そんな彼らを見ていると、他人事とは思えない。
行動には出さなくても、落ち着かないのは私も同じよ。

こういう状態を救ってくれるのは、気さくで親切な先生方と、
通常学級でしばらくがんばったけれど、色んな事情で戻ってきた
子たち。朗らかな笑顔で周りを明るく緊張した心をほぐしてくれる。

揉まれてきたんだなぁ・・・とつくづく尊敬。

落ち着かないときは落ち着かない、と正直に受け入れることが
きっと大切なのよね。

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2007年4月10日 (火)

今どきの入学式模様

先週今週と小学校の入学式に参加した。
地域に差はあるのだろうが、昭和のヒトえすは驚いてしまった。

ある学校ではずいぶん自粛をお願いしていたので、花道や
新入生の間近(ということは、自分もかなり目立つ位置)に並ん
でビデオ撮りする保護者はいなかった。
が、保護者席の位置でビデオはもちろんのこと、携帯写メが
掲げられること林の如し(+_+)。

そのうち座った位置からは我が子は映らないことが原因で、
その席を選んだ夫をなじる妻の声。夫も怒って夫婦喧嘩。
入学式会場に不穏な空気が流れた((+_+))。

ママすご~~いミニスカートっ!はりきり
すぎやんっ!!

・・・としか言いようのないマイクロミニひらひらスカートを履いた
とあるママ。歳も30後半かなぁ、と思いつつ、我が子のために
おしゃれしたのね、と解釈。
ただし会場のパイプ椅子に膝を開きっぱなしで座っている。
中年女性にありがちな、緊張感のない座り方。そこでお洒落か
どうかの価値が決まるんだよね。
正面から目の当たりにすると、非常に気まずい。なすすべのない
私はその式の間中自分の膝と膝の間が開かないように力を入
れておりました。

光り物が好きと思えるあるママ。
金色と銀色の2種類のペンダント数個に真珠のネックレス。
足にはアンクレット。入学式というより何かのパーティ風。歩くと
そのお飾りがかちんかちん音を立てて揺れ、光る花ブローチに
絡まり次第にもつれていった。後が大変そうだった。
組み合わせもTPOもなんか違うし(-_-)。

入学写真撮影。
保護者の方と子どもたちの大切な記念写真。
ハイッ チーズ!
の写真屋さんの掛け声と共に見たのは、
数人の女の子たちのプリクラポーズ

何度も何度も取り直し、とうとう小さい「ピース」は仕方ないとあ
きらめた写真屋さん。

最近はよくある話だそうで。・・・今回私でさえ何度も見たんだから
そうなのだろう。

時や場所をわきまえる能力がなくなってきたのかもしれない。
磨いてくれる人もいなければ、そんな場所もないのだから。

大学生だった頃、教室にジーンズを履いて入ろうとしたため
講義を受けさせてもらえなかった同級生がいた。「作業着で
入るな。」と叱られていた。
今そんなことをいう教授はいないだろう。小学校の先生でも
ジーンズで来るのだから。(昭和のヒトえすは驚いたけどぉ。)

見栄を張ったりしゃっちょこばったりする(意味分かる?)必要は
ないけれど、大人になるまでにTPOに応じた服装や行動ができる
方が気持ちいいと思った数日だった。


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2007年4月 8日 (日)

銅のベル

74_033 授業中に合図するためのディナーベルやティーベルを探していたがなかなか程よい物がない。

ネットで可愛くもなんともないのを見つけたのでそれにしようかと
手を出しかけた途端「レインボーリーブス」で見つけたコッパーベル(と呼ばれている気がする。)

この独特な雰囲気は、キャンプヒルの作品だから?一目で気に入ってしまった。

音は「シャリーン・・・」とでも表現するのでしょうか。
我が子は「澄んだ音だね~。」とずいぶん気にしておりました。

大声での合図は自分がだんだんヒステリックになっていくようで
どうもよくない。今度の職場では要らないかもしれないが、お守りの
つもりで持っていこう。

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2007年4月 1日 (日)

新年度に向けて

39_008_1 ムスカリ満開の今日この頃。
39_007_3

  チューリップも徐々につぼみを
膨らませ始めた。

子どもの幼稚園では、在園生に協力を求め、次年度の入園式に満開のチューリップが新入園児を迎えるように球根の差し入れをお願いしていた。

もちろん強制ではないので、園の予算から必要な球根は購入されていたのだが、子どもたちも
翌年一つ年上になり、下の子を迎え入れる心の準備ができるとあって、親子ともども喜んで球根の差し入れをしたものである。

今日は「水パーマ」なるものをかけて一週間経ち、髪が落ち着
いたところでヘナの毛染めをしてもらった。

形状記憶パーマをお願いしたのだけど、ヘナだと「水パーマ」の
方が相性いいんだって。

どちらも満足な出来ではあるのだが、ちょっと髪が長すぎたかも。
新年度は、心機一転全く別の学校数校での勤務。その中には
念願の心障学級もある。

小学校に勤め始めたとき受け持ったクラスは、しょっぱなから
ハードだったので、眼鏡はコンタクトに変え、指輪を外した。
格闘する際、凶器になるから(~_~;)。

次に養護学校に勤めたときは、ピアスは危ないと言われた。
光り物に執着し何が何でも欲しがる生徒もいるので、その際は
耳をちぎられると脅されたのだ。

もともと体調が悪いときには金属アレルギーが出ていたので、
即ピアス止め(>_<)。

さあ、あとはなにが必要かな・・・。
自閉症の子どもとともにいるのだから、初めて会うまでに
せめて外見に安定感をもたれるよう準備しておかなくちゃ。

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2007年3月23日 (金)

卒業式

今年度の仕事は全て短期で固めたので、よい意味でも悪い
意味でも子どもに対する思いはそれほど強くない。

それでも途中から勤めた高学年の専科教員として、卒業式に
参列した。

専科の授業がある日だけ行き、終わればさっさと帰る関係。
低学年と違って全身で慕ってくることのない年齢。
どのクラスも不安定なバランスで保たれている印象をもち、
反抗期でもある彼らに短時間で打ち解けるのはやや無理があ
るなぁ、と半ば冷めた気持ちで過ごしてきた。

私の受け持ち授業にも、食い込むほど次から次へと問題が持
ち上がり、目を赤くした女子や担任、しょげる男子、好き勝手を
言うクラスメイトを目の当たりにした。。卒業式の練習も本人たち
の身が入らず、担任が怒って投げ出すほど。元不登校児は再び
不登校気味になってしばらく家に閉じこもっていた。

私の仕事最終日にも問題勃発。こんな最後ってないよな、と
思い、卒業したら地元の中学校に行く人、国立や私立に行く人
とばらばらになるのだから、卒業式はうんといいものにして見せ
て欲しいと伝えた。

本番はとてもよかった。
ぶかぶかの新品ジャケットにスラックス。七五三以来と思われる
ネクタイをぴしっと決め、おませな男子はこっそりデップで髪を
セット。緊張してぎこちないながらも膝を伸ばして(おそらく)
習ったとおりに花道を歩く。
女子もジャケットに色んなチェックのスカート。きっと家族に連
れて行ってもらいお気に入りの色柄を入念に選んだのだろう。
とっておきの髪留めをつけ、髪を整え口をきゅっと結んで列を
進む。

口を大きく開けて旅立ちの言葉を堂々と発表し、何曲もある歌を
しっかりハモって歌い切った。照れたりふざけたりする子など
一人もいなかった。

不登校で一緒に授業した事のない子たちも式に出席。直前に
病気や怪我をした子も全員出席。

一時不登校状態になって姿をくらましていた子は、驚いたことに
一番堂々としていた。もう一度話す機会があれば舞台で活躍する
人になればいいと薦めてしまいそうなほどである。

6年間葛藤や協力を繰り返して強く大きく成長した彼らも、中学
校の校舎では、幼い子羊に見えるだろう。嫌なこともあるだろう
けれど、いいこともきっとそれ以上に巡ってくる。
これからももっともっと大きく強くなることを信じています。

しかし卒業式がんばった!

気づいたら泣いている子どもにつられてもらい泣き。
こういうの、弱いんだな・・・。

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2007年3月20日 (火)

新しい世界

来年度から、我が子は地域の学童保育にお世話になる。
その説明会に出席したとき、目からウロコの発見数々。
新鮮だった。

★新鮮その1
当たり前だが、新入学童の保護者説明会に出席するのは、
ほぼ全員が母親である。

★新鮮その2
説明会は夜。子連れで出席したのはうちだけだった。
・・・保育園はそんな夜まで預かってくれるのね・・・。新入生で
ない家はどうしているの?

★新鮮その3
「子どもがどんな場所で放課後を過ごすのか、部屋や設備を
見せてもらえますか?」
質問はないかといわれ、誰も言い出さないようだったので思い
切って尋ねた。スタッフの方は「もちろん!」と快諾。説明会後
に見に行ったのはうちだけだった。
・・・自分の子が過ごす場所がどんなところか気にならないのかな。
子どもの使うロッカーの大きさや数など、持ち物を揃えるとき
気になるのは私だけ?

★新鮮その4
「学習時間はありますが、先取りの指導(予習のこと?)はしま
せんから。」と一年生でない我々を見て説明された(^^ゞ。
ほぉ。そういう要求をする家もあるのね・・・。

今朝我が子は、私に仕事があったため、誘っていただいた
お友達の家に一人で電車に乗って遊びに行った。

夕方に帰り、家でパンを食べて説明会へ。ほぼおばさん(二十代も
いる)に囲まれ、めずらしい話を目の当たりにしてエネルギーも
ほぼ枯渇。ご飯食べて、お風呂入るまでがんばっていたが、ベッ
ドに入った途端「バタンキュー」であった。

う~ん。あの説明会は効いたなぁ。

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2007年3月11日 (日)

職場を探して

先週先々週あたりから、徐々に講師打診の電話がかかって
きている。

フルで働くのはつらい状態なので、来年度も時間講師を希望
しているが、話を聞いてもHPを見てもぴたりとくるものがない
(当たり前ですが)。

その中の一つ、帯に短したすきに長し、の学校を尋ねてみる
ことにした。

そこは普段行くことのない場所。地図で道をなぞりながら夫の
運転で行きあてる。

休日の学校。周りに人影はない。

う~ん。どうしようか。
その街の印象を、家族でああだこうだといいながら、帰途につく。

だって、学校って建物がどこも同じ印象だから、自分がそこの
風景に溶け込めるかどうか想像しにくいのよね。

中国大陸の外れまで行っても、漢民族の立てた街並みが同じ
印象なのと一緒なの。

はぁぁ。どうしよ。

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2007年3月10日 (土)

70’s卒業式の歌 その2

(教職員パート)
君たちよ、先生はいつも見つめてる
荒波こらえて 胸張って
羽ばたき巣立つ 君たちよ
たとえ嵐が来ようとも 羽ばたけ 羽ばたけ
行く手には 明るい未来が 待っている

(卒業生パート)
先生 本当に ありがとう
・・・

その途中からピアノ伴奏により「仰げば尊し」に入る

「荒波こらえて」と「末来」がちょっと微妙な記憶だが、
あとはリアルに思い出した。

「胸張って」のところなんざ感動的な半音の連続。
(私には)退屈だった6年間もなんだかよい思い出があったかの
よう。

そして「仰げば尊し」の前奏と少し大人びた歌詞。
大人の入り口に立ったような気がした。
約10年後に流行った「スタンドバイミー」みたいな感覚。

現実はちっともそんな感じじゃなかったけれど、それでも
謝恩会で母親が先生と子どもたちの前で「パラパラ」を踊って
見せる世の中になるとは思いもしなかった。
・・・いけないと言っているのではなく、敢えて言うなら世俗の物を
学校に持ち込むとふざけていると叱られた「竹の子族」世代の
独り言。




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2007年3月 7日 (水)

卒業式の歌

う~らぁらぁかぁにぃ~。
春のひぃかぁり~ぃがっ、降ぅっってくるぅ~。

良い日よっ。 良い日よっ。
良い日よっ。 良い日よっ。

良い日きょ~お~わぁぁあ。
良い日よ~。良い日よぉ~。
良い日きょおぉはぁぁ♪

30年以上経っても覚えている、
ミュージカル形式?の卒業式の歌。
4、5年、6年、教職員の3グループで合唱する
送辞答辞形式の掛け合いの歌。

当時流行ったようで、周辺地域は一時どの学校も歌ったとみえ
学校が違う夫に歌ってみせたところ、教職員パートを
高らかにフルコーラス歌い返してくれました。

やはり学童時期の教育って、大切・・・。
浜田地区の皆さんはどれだけ覚えてらっしゃるのかしら。

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2007年3月 1日 (木)

特別支援教育導入って

いよいよ来年度から特別支援教育制度が導入される。

初めてその言葉を聞いたのは大阪の養護学校にいたときだ。
今後養護学校の先生が一般(?)校に出向いて何も知らない
先生方の相談、指導を担当するらしい、と聞いたときは喜んで
よいのだか悪いのだか戸惑った。

というのも出向くのは、養護学校に教え子を抱えている現役の
先生であり、教え子を放っておいて同僚の指導に行くことに
なるからだ。養護学校では先生同士がチームを組んで指導に
あたることも多いし、これでは体が幾つあっても足りない。
本末転倒だと感じた。

ただ、学校の体制が変わらないまま取り入れても仕方ない。
最近話題に上る自閉症は団体行動が苦手だ。それぞれとても
個性的なのである。一括して「これはこうしましょう。」なんて
マニュアルは存在しないのである。

それを30人以上いる学級にも一括して取り入れるなんて至難の
技である。倒れる先生が増えて当たり前。

あまりのプレッシャーにチックが出る子、脅迫観念に襲われる子、
友だちの感情を推し量れず攻撃的にパニックを起こす子。場面
緘黙の子。威圧的に屁理屈を捏ねる子。・・・みんな普通のクラス
にいる。さて、その子たちをどう考えていくか。

無策のノーマライゼーションではありませんように。

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2007年2月28日 (水)

来年度

そろそろ来年度の仕事の引き合いが増えてきた。
先日は、私の希望する養護学校からもお呼びがかかった。

が、悲しいかな、とっても遠い。
養護学校って、そんなに数がないし、駅から遠いこともよくあって
通うの大変なのよね。

ということで泣く泣くお断り。

う~ん、特別支援学級にお仕事があればいいのだが・・・。

4月の新学期から講師のクラスに当たったら、保護者の方は
不安だろうな。色んな事情で退職された経験豊富な方も多いの
で、全く経験のない新採用の先生と比べても遜色ないのだけ
れども。

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2007年2月23日 (金)

中学受験の先

今日都立高校の受験日だったようですが。

小学校では中学受験がひと段落して、あとは卒業式の準備に
忙しい。学校やクラスによっては半分ほどが受験するという
今日この頃。

でもさ、本当に大変なのは今からなんだよ。

「いい点取ればいいんだろ」的な子は、基本的な学習態度が
身についていないこともよくある。ノートには何書いているんだ
か、周りにはさっぱり分からないほど乱れた字。いたずら書き。

そんな子は地味で地道な作業が苦手なことが多い。もともと
自己チューに育てられた上に、何かを写したければコピーを
とれば済む世代。

コピーなんか私が大学のときに一般化したんだぞ(-_-;)。
それまでは、わが手を使って書き写していたんだ。
全文書きも小学校時代にはよく宿題に出たのに、今はあまり
見かけない。柔らか頭でたちまちコツを掴めるのに惜しい。

こんなに力を出し惜しむようでは今後授業についていけるか
どうか。公立私立問わず「小学校のうちに身に付けておいて
よ~(>_<)。」と中学校の先生が愚痴るだろうこと必至の状態
の子も少なくない。中学校ではもうそんなこと教えないのだから。

10年ほど前の発行なのでかなり事情が違うと思うが、題名に
惹かれてつい図書館で借りてしまった2冊の本。

読んで色々考えてしまった。今教えている子どもたちのことを。
知的にぐんぐん伸びるのはこれからなんだよ、と。

中学受験をまじめに考える本 中学受験をまじめに考える本

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2007年2月17日 (土)

今どきの6年生

現在6年生は私立中学受験が一段落し、今は小学校生活の
総まとめだ。

休み時間の会話を聞くと、なんだか変な感じ。

「あの学校、名前を書いただけで受かったって○○ちゃん言っ
てたよ。」
「うっそー。そんなんあり?」
「ありなんだって~。毎年そうみたいよ。」

「私さ、一こ私立受かったよ。」
「そうなの?おめでとう!」
「でもさ、行かないんだ。大した学校じゃないし。」

・・・なんだか高校か大学受験の会話のような・・・。
中身はやっぱり小学生なんだけどね。





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ラッシュ時乗車のコツ

ラッシュ時に電車に乗る機会が増え、乗車時の小技を垣間見
ることも多くなった。

既に車内が大混雑の電車に乗る際。
正面から立ち向かうのではなく、電車に背を向けて後ろ向きに
入るんだねぇ。

そこからねじるように隙間へ入り込んでいくのだ。
後は駅員さんに押してもらう。

なるほど・・・。

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学校公開

学校選択制という制度が導入されたためか、近年学校公開と
いうのが盛んに行われていて、私が出勤する日に当たることも
しばしばある。

先日のことだが、ある土曜日に勤務する小学校の学校公開が
あり出勤した。幸い私はTTのT2で入るクラスが複数あるだけ
だったのでお気楽気分(TTとはチームティーチングのこと。T2
とは助手役のこと)。

その前日の金曜日は私が一人で担当する少人数クラスが始
まったばかりだったので、子どもが落ち着く前に見に来られて
も困るトコだったわ、と胸をなでおろしたのだった。

が、なんたること・・・。
その金曜日も学校公開の日だった(-_-;)。予定表には何も
書いてないのよぅ。

普段ジャージの先生方はみなスーツ!
私、今期で始末しようと思っている毛玉セーター。
なんだよ~。言ってよ~。なんか浮くじゃん、私(T_T)。

おまけに使用している特別教室にはゴミがいっぱい。知って
いる子の0点テストがくしゃりと丸めてロッカーに突っ込んである。

掃除はうちの子たちにさせます、ときっぱり担任に言われた
以上、手が出せないのよね。

そんな中、お母様方が授業を覗きにこられたのだった(-_-;)。
ただ、よかったのは、掲示物を貼り、授業の準備をきちんとし
ていたこと。見せるための授業ではないものの、見られても
困ることはなかった。

いくらいつもどおりといっても、「この問題終わった人は、読書
していいよ~。」なんて手は普段からなるべく使いたくないのに、
わざわざ公開日に使うことはできないものね。

それでもなんだか空しかったので、翌日の土曜日もいつもの
格好にさせていただきました<(_ _)>。小さな抵抗。
言っとくけどジャージじゃないからね。




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2007年2月11日 (日)

路上にて

カテゴリーを教育にしていいのかどうか分からないけれど。

通勤途中、路上でいつも見かける母子らしき二人連れ。

子どもは中学生くらいの女の子。手を所在無げにもじょもじょ
させていたり、やや上空を見上げていたり。でも静かに佇む。

その横のお母さんと思しき女性。
娘?より半歩後ろに下がって静かに子どもを見守る。

歩道にいると自転車や歩行者の邪魔になるからだろう、幹線
道路が見渡せる程度に建物の敷地内に立っている。

彼女たちはほぼ間違いなく養護学校の通学バスを待っている
はず。

どこの養護学校か聞きたくてたまらないのだが、いきなり尋ねる
のも怪しすぎる。「通える範囲なら勤めたいのですが・・・。」なんて
説明するのも変だ。

せめて目で挨拶できるくらいになってからにしよう。

・・・かといって、どうすれば挨拶できるようになるのかしら。
彼女はいつも歩道の人以外の場所を見つめている。
お母さんは、自分たちが誰の邪魔にもならないよう気を配り
ながら静かに子どもを見守っている。

私はいつもその前をできるだけ自然に通り過ぎる。
どちらかと目が合わないかなぁ、と思いながら。

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2007年2月10日 (土)

人間模様

夕べは、PCの前に座ってどう書こうかとしばし悩んでいたら、
そのままつっぷして寝てしまいました(-_-;)。

勤務先の先生方のそれぞれの性格から発生する人間模様に
頭が混乱しているからです。
また、それとは別にちょっとした騒ぎがあったからです。

それを具体的にここに書いてしまうことは避けたいし、かといっ
て私を悩ませていることも事実だし、教育にも関係有るし・・・。

ただ言える事は、公立学校は地域のひずみの影響を受けるもの
だし、中で働く人も相互的にひずみの加害者であり被害者である
ということ、かな。

どうせ一緒に働くなら罵倒したり足を引っ張ったりしあうのでは
なくて、助け合いたいのだけれど。
職務をきちんとこなしていないから、とか迷惑かけられたんだけど、
という理由をつけて職員室で先生同士の大声での罵倒を
見るのは辛い。たとえそれが本当であっても。

そんな職員室にいる先生が、クラスでなごやかに授業ができる
もんだろうか。

相談カウンセラーの机の上には、職員向けのメッセージが挟ん
であった。心に響く言葉が連なり、何かあれば一人悩まず相談
してください、と。

こんな雰囲気の職場で、追い詰められた先生がホントに相談
なんてできるのかしら。

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2007年2月 7日 (水)

さりげな~く

週に何度か入る算数の授業。
高学年になるとクラスで持ち物チェックをすることもなく、文房具
がなくて授業の進行に支障のでる場合がある。

算数の不得意な子の典型例のひとつは、持ち物が揃わない子
である。ノートも罫線のものを使いたがるし、要らないペンはある
けれど、肝心の鉛筆や用を果たす消しゴムは折れているか
持っていないか、というところ。当然下敷きもなく、定規もきちんと
使いこなせない。・・・こういうのは男子に多い。

これでは桁が揃わないし、間違いを訂正できない。せっかくの
式と答えがどの問題のものか分からないし、汚いので読み取れ
ない。

女子は簡単な問題にやたら時間をかけることが多い。何がポイ
ントか分からないままノートを丸写し。挙句の果てに式や答えが
完結しないまま色とりどりの縁取りやイラストで飾られる。

もう大人を気取りたいので、薄い鉛筆かシャープペンを使い、
小さな小さな字を書く。

・・・全てではないが、我が子がこういうノートをとっていたら
要注意である。先生の指導が悪いとに文句を言うつもりなら
事前に親がチェックしておいた方がいい。恥をかくと思う。
(高学年になると、もう親に見せないけどね)。

特に算数のノートは頭の中と同じと私は考えているので余計
そう感じる。

しかしながら、学校でも教師側が一致して言い続けないといけ
ないと思い、何度も担任の先生方に言うのだがすぐに反応して
くれる先生ばかりではない。

先生だって責任を負わされてばかりじゃ辛いのだろう。言い訳
ばかりの人もいる。

その中で、どうやら特別支援の必要な子がイライラしながらも
必死にガマンして授業を受けている場合もある。

しかし必要な文房具を毎回忘れたままなので授業の課題に取り
掛かれない。
私は忘れた子用に尖ったBの鉛筆、赤鉛筆、定規、分度器、
三角定規、コンパスなどを数組ずつ持ち歩いている。

初めは「忘れた人、どうぞ。後で返しに来て下さい。次は持って
きてね。」と渡していたが、先の子はそういうことを言うとプライド
をとても傷つけられる。

持ってこないほうが悪いのだが、ぶんなぐるぞてめー、みたいな
顔をして出した文房具を拒否する。

ので、一度さりげな~くその子の机に文房具を置き、さっさと
その場を去って机間巡視を続けてみた。
次に再び戻ってみると、なんとその文房具を使って問題を
解いている(*^_^*)。

授業が終わると黙って文房具を取って帰る。

この方法だとその子に拒否されないことを知ってちょっと嬉しい私
である。

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2007年2月 6日 (火)

コーディネーター?

最近の学校の担任は、コーディネーターのようだ。
なんてことチラリと感じた。

近年専科の教科が増え、今後もっと増やす動きがある。小学校
教諭免許は基本的に全科教えることが前提になっている。
が、先生だって人間。得意不得意がある上に、昔と違って求め
られる内容はどんどん細分化され専門化されている。

のんびりしていた時代だと、先生同士で受け持ち授業を得意な
教科同士で取替えっこすることもあったが、今はそうは行かない。

それがこれ以上専科や少人数を増やすとなると、先生は子ども
の顔をなかなか覚えられず、子どもも誰に心を許し落ち着いて
授業を受けられるのか、少々不安になってくる。

そもそも教室移動は休み時間に行われる。たった5分だ。
5分でトイレに行き、前授業の片付け残りと次の授業の用意を
して、列になって教室移動。チャイムと共に授業を始めて終わ
りのチャイム前に片づけをぴったり終えて、チャイムと共に教室
に戻る。防犯の意味も有り、体育館や倉庫、準備室には
鍵もかかっている。

これ以上専科を増やすとなると、子どもはもっと落ち着かなく
なるんじゃないかしら?低学年の子ども30人以上のクラスに
とって負担は?特別支援教育はどうからむ?

例え今よりたくさんの専科の先生に授業を任せたとしても、
その間職員室で書類や連絡事項を片付けていかなければなら
ない。宿題やテストの採点なんて二の次だ。それはそれは多い
のだ。授業の準備はいつできる?教室環境はいつ整える?
これに不登校や保護者や子どもからの相談事がからむと
パニックだ。

右に左にコーディネイト。子どもとゆっくり関わるよりもとにかく
実績を残しておくこと。「これをやりました。」と目に見えるように
帳尻を合わせておくこと。

世の中、もっと早く、もっとたくさん、もっといいものを子どもに
与えたい気持ちは分からなくもないけれど、子どもはよりせかせか
とした日々を過ごす羽目になりより混乱するのではないかしらと
感じるのである。

せっかくだからと睡眠時間も削ってあちこち見物とお買い物に
走る海外旅行のようで、考えるだけで疲れちゃう。

あちこちで教員の長期休養が発生し、ある地域では若い先生が
心臓発作でなくなったと聞く。

なんて、イヤだと思いながらも、そういう実績のための片棒を
担いでいる立場の私。ならばせめて出会った子どもには
教育する大人のストレスを感じずに過ごして欲しいと願っている。

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2007年1月30日 (火)

想像力

ちょっと前から思っていたが、頭の中に絵を描けない子どもが
多いなあ、と思う。

文章題を読んでもピンと来ないのは、頭の中で文章の意味を
読み取って、画像に置き換えられないのだ。
あんなにゲームやTVに親しんでいるのにどうしてなのか不思議
だったが、考えるに文を頭の中で画像に変換して楽しむ訓練
(?)はしたことがなく、初めから画像で与えられて育っているの
だと気づいた。自分でそういう能力を育てる機会を逃してきたよう
なのだ。

文章題で図形を題材にした引っ掛け問題(といってもすこぶる
基礎問題)に、どのクラスの半分の子どもが軒並み引っかかっ
ていた。図形そのものの問題ではない。

教科書に図を書いて「これはこういうことを言っているよね。」と
図解するとちいさな声で「あっ。」と驚く。それを横から様子見
していた子も小さくのけぞり、私がそちらへ移る前に消しゴムで
誤答をゴシゴシ消していたのがなんだか可愛かった。

「あっ」と驚くことのできるのが楽しいのだよ。そういうのが学ぶ
喜びだと私は思う。

想像力は幼いうちから好き勝手にさせたりアニメやゲームをさせ
たりする中で育まれるものではないだろう。たくさん五感を働か
せて初めて第六感が育つのだと私は思う(シュタイナーは12感
覚(*^_^*))。

ま、そういう教師側にも「想像力」が乏しい方はいる。
お互い様かな?

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2007年1月23日 (火)

2年生

よその子うちの子を問わず、子どもの様子を見ていると、しば
しばその頃の自分がオーバーラップすることがある。

低学年の子が嬉々として何がしか描いているとき覗くと、家の
間取りだったり、地図だったり。面白いくらい皆同じ世代だ。
そのうち迷路を書いたりし始める。

特に男の子。女子は可愛い女の子や動物を描いていることが
多い。

面白~い。

ちなみに私は、両方好きでした(ペットを描くことはなかったなぁ)。
皆さんはどうでしたか?

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2007年1月21日 (日)

学校教育法に関する勉強会

もっと早く告知協力しようと思ったのだが、今日の10時半から
東海大学代々木キャンパスで学校教育法に関する勉強会が
あり、興味のある方はぜひ参加されるといい。

主催は「教育の多様性の会」だが、詳しいことを知りたい方は
フォーラム・スリーのHPの右上「教育勉強会!」というところを
クリックしてみてね。

絶対面白いです!
だってメンバーがすごいから。

私はぎりぎりまで予定が組めなかったのだけれど、家の予定の
都合がつかず、どうしても参加する時間が取れなかった。
非常に残念です。
あれこれ表面上で教育問題を個人で憂えるよりよほど展望が
開けるはずです。

詳しくここで述べるより、まずは急いでご覧あれ。
行くことができるのに行けない人は勿体無い。
このブログのお気に入りサイトのフォーラムスリーからも入
れます。

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2007年1月20日 (土)

受験シーズン

今日はいよいよセンター試験初日ですね。

私の時代は共通一次試験でしたが。
・・・といっても私逃避組です。
国公立進学クラスだったので受けるのは当たり前だったのです
が、周囲に当たり前と思われるのがイヤだったのですね、きっと。
(自分でコースを選択していたのに訳分からんことするのが
青春の証?)

イナカだし、当時試験会場も限られていたので、クラスの皆さん
こぞって泊りがけ受験でした。
我が母校は修学旅行がないので、ちょっとした修学旅行気分。
お土産いっぱいもらったことだけ覚えている。

居残り組には当然授業があり、試験当日の英語(モザイク
授業だったので3クラスが成績や内容選択で3クラスに分けられ
ていた)クラスで出席していたのは私を含め2人だったような記
憶が。

時代は戻って現代。

今週辺りから小学生も受験シーズン。
このセンター試験後にいよいよピークがやってきます。

6年生のクラスはその話題でなんとなく落ち着かない。
「受験しないのに、パパは今週私の進学塾の見学に行くって
いうんだ。」と言ってくる子も。

なんでも早く、なんでも遅れず。みんなと一緒かそれ以上。
やばい。大人の方がせかされている。

とにかく皆さん体や心のケアを一番に。
単に合格したとか勝ち取ったという結果ではなく、今の苦労が
あとでよい経験だったと思えるように過ごせたらいいですね。



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2007年1月 9日 (火)

正解を求めるということ

とても感じの良い方だっただけに、その方の明るい将来を祈ら
ずにいられない気持ちになったことがひとつ。

理由は存じ上げないが、数年前強い想いを持たれて一貫校に
子どもを途中入学させる道を選ばれたある親御さん。

しかし内部に進学する道は選ばず、遠く離れた別の一貫校を
受験、合格。その学校は内部の生徒しか進学させないので、
三学期から転籍するしか方法がないことが分かり急遽転校。

色々な事情の中で深く考え至った結論であろう。送り出す学校側
も子どもたちも再会できればまた元通りの仲間という気持ちに
きっと変わりはないだろう。

私はもともとどういう関係もない気楽なポジションにいるので、
感じの良い方という印象は変わらず、またお会いすることが
あればもっと親しくお話をお聞きしてみたいと思う。

ただ、もしかしたら、転校続きの状態はお子さんの希望というより
親の側の焦りがからんでいないだろうかという気がちらりとよぎっ
たのである。

正解を求めすぎ失敗を恐れる我々世代。いや、日本人みんなか
もしれない。

新生児は3キロと50センチでないとおかしくて、オトコ色は青、
オンナ色は赤が正解・・・。単純なうちは「んなアホな。」でいい
けれど、小学校中学校、高校と進むにつれ事は複雑になり、
人に説明書は付いていない。

教育というのは何が正解かを極めるものではなく、途中での
あり方が大事なのだと思う。

どうかそういう不安からの転籍ではありませんように。そして、
行った先でお子さんも親御さんも充実して暮らしていかれます
ように。教育法を幾ら変えたって、親が揺らいでいたら意味が
ないのだから。

がんばれ、と遠くからエールを送ります。(お前もな、とは言い
返されないだろうけど。私もがんばろ(~_~;)。)

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2007年1月 4日 (木)

年賀状

普段ご無沙汰している方々から年賀状をいただくとありがたい
やら恐縮するやら。

その中で今回びっくりしたのは、ある学校の子どもからの一通。
学校では担任をしていないので、基本的に住所は教えていない
のだが、一校(すぐ消えるよう)黒板に住所を書いたときがあった。

どちらかというと憎まれ口を叩いて反抗していた男の子からで
ある。

本当はとてもいい子なのが分かっていたので、話し合う必要が
あるなどとはちっとも思っていなかったのだが、特に仲良く
しようとしたわけでもなくそのままさよならしたのだった。

礼儀正しいきちんとしたご家庭のお子さんだったので、単なる
礼儀で出してくれたといえばそれまでだが、黒板の住所は翌朝
消されただろうし、一言「また学校にきてください」と書いてくれて
いるのを見ると、じ~んときてしまった。

ホントに行っても、駆け寄ってきてくれるタイプじゃないけど、
うれしいなぁ。
もう少しがんばる気になってきたよ。

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2006年12月19日 (火)

居心地

短期、或いは複数かけもちで講師をしているお蔭で、面白い
ことに色々気づいた。

一つは、同じ先生でも、勤務校の雰囲気に左右されるだろう
ということ。ぴりぴりしているところ、のんびりしているところ、
職員室にも色々ある。子どもたちの雰囲気が学校ごとに違う
ように。

校長先生のせいか、先生同士の組み合わせのせいか、地域性
に影響されるせいか、その組み合わせ或いは別の影響かなの
か・・・。

もう一つは事務用品の整理整頓の様子。地域や予算のあるなしに
関わらず、個性が出る。面白いくらいだ。

他にもあるが、それはまた別の機会に(*^_^*)。

2学期はあと一週間。成績付けも一段落・・・かな。

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大人になれない人たち

全ての人がそうではないことが前提だが、現代って大人になれ
ない成人が多いと感じる。

子どもが子ども生んで育ててどうする、とか、大人になりきって
ない人が学校の先生になってどうする、とか、学校の管理職
になってどうする、などというフレーズがちょくちょく頭を横切る。

ウソかまことか、ある自治体で子どもの給食費を払っていない
家庭の親は公務員か学校の先生ばかりだった、という噂を聞
いた。払わなくても罰せられないことを知っているから払うだけ
損だ、というのが理由らしい。ホントのことかしら。そうだとしたら、
その人たち、大人として、或いはその道のエキスパートとしての
プライドをどこに捨てたのかしら。

昔、「私、プライド高いから。」などと言う人がたまにいた。ホント
にプライド高けりゃ、そんなお恥ずかしいこと言わないだろうと思っ
たけれど。こういう人に限って安いプライドを振り回す。

教師というのは聖職だと私は思う。医師などもそうかもしれない。
弱い立場の人を相手にする職の人は皆そうだ。それはただの
お金儲けではいけないはずだ。ただの合理主義ではいけない
はずだ。ルール通り、罰則に引っかからないことばかり考え、
自分が損にならないように身を守り、責任逃ればかり言う人に
何ができようか。普通の会社勤めでもそれは許されないことを
そういう人は知らないに違いない。

それなのに、都も国も管理を厳しくしようとするばかりだ。
特に管理職は、別会社に転職するのも同然だろう。それまで子ど
もの教育一筋に来た人が、大人を管理するのだから。何十年も
してきた仕事と内容が異なったとき、すんなりなじめると思う方が
おかしい。

だからワザと昇進試験を受けない先生がいるのね、と最近納得
した。大人相手に子供っぽい指導しかできない人も多いし、管理
職イコール優秀とは限らないのね、と遅まきながら悟った次第で
ございます。

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2006年12月 4日 (月)

アスペルガー症候群をもつ人の心

どうも有名らしく、そしてお話が面白いという話を聞きつけ、時間
に余裕のないのも構わず西脇俊二さんという精神科医師の
講演会に参加。

全部は聞けなかったが、評判どおり面白かった。

自身もアスペルガーと称する人。
確かに話はあちこち飛び、ハイテンション。自虐的なジョークを
飛ばしながらも自己コントロールを重ねてきた様子は一風変わっ
ているもんなぁ、としばし唖然とさえした。(ダウンタウンの「ごっ
つええ感じ」をご存知で例えに使うくらいだもんなぁ。)

S○APのメンバーの一人が出演した、自閉症ドラマに協力した
ので一緒に写真を撮ってもらいました~と話す顔はとても無邪
気。

今回感じたのは、おそらくアスペルガーを持つ人はとても正直
で傷つきやすく、正義感ある人が多いのだろうと再確認したと
いうこと。永遠のガチンコ、といえるかもしれない。

もっともっと話を聞きたかったのだが、一時間の時間オーバー
で断念。キリのいいところで必死で部屋を後にした。
ああ、隣にこの前講師を務めていらした某養護学校の先生が
いらしたのでいろいろお話聞きたかったのになぁ。

今回はここまで、ですね。ああ、運命にじらされっぱなし。



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2006年11月21日 (火)

胸が痛む

Photo_330 知り合いに教えてもらった。

こちらに来てすぐに関わったあの子。
友だちとのトラブルから、とうとう不登校になった。

細かいことは書けないが、新聞ネタになってもおかしくないような
騒ぎを起こしてしまった。もう少しで大切な友だちを傷つける
ところだった。

私のあとを引き継いだ先生は、見ていなかったらしい。補助員
はどうしていたんだろう。いないときだったのか。別のところに
いたのか。

あの子には愛が足りないのに。受け入れてもらいたいだけなのに。
相手の反応が読めないだけなのに。

どうかあの子が友だち関係を取り戻せますように。
本当に友だちが大好きなのだから。

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2006年11月18日 (土)

特別支援教育講座

来年度から全国的に特別支援教育が施行される。
そのせいか、はたまた自閉症やADHDという言葉がマスメディ
アによく登場するようになったせいか、あちこちで講座が開かれ
人気らしい。

今回行った講座は公的機関で行われたものだが人気なので
参加できるのはその自治体の在勤在住の人に限られたほど
である。

企画や主催はLDやADHDなどの障碍を持つ子の親の会であり、
冷静にこの施行を理解し受け止め、自分たちに何ができるか
実践的に考えていこうとする人たちだ。
自然と参加者は障碍のある我が子は来年度からどうなるか
心配されている親御さんが多かった。

講師の先生はとても丁寧に穏やかに見通しを持って(ADHD児
に対するように(~_~;))お話された。きっとこの先生とお話すると
保護者の方も子どもも落ち着くことができるだろう。

しかし、全国的にはどうなのかしら。

今のままの教育体制と教育環境の中、ノーマライゼーションを
持ち込まれても不安の方が大きい。

私は生活科設置のとき大喜びしたが、その後うまく全国に
浸透していない状態がとても残念でたまらない。施行の経緯が
とても魅力的だったのに。

そういうのと同じ状態にならないようにしなくては。
もう賽は振られてしまったようだし。








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2006年11月 3日 (金)

ひとくぎり

お蔭様で今回もなんとか無事に講師期間終了。

子どもたちは相変わらずなんだけれど、子どもたちを取り巻く
環境が比較的オープンで、とてもいい感じで引継ぎができたと
思う。そこが、校長先生の腕の見せ所なんだろうとつくづく思った。

それと今の子どもたちの実態。豊かな生活から始まったため
のガマンできなさ加減と群れで動く経験の少なさ。マスメディア
に翻弄される生活。
私が子どもの頃にも言われたことではあるが、その比ではない。
土台が全然違うのだ。その子らに、昔の学校制度を修了した
大人が机上で考えた教育をいくら施しても反応は全く違った
ものになる。上からの一方的な通達ではもうダメだろう。

巷では、教育基本法をめぐるタウンミーティングでやらせ発言
を示唆したとか、いじめによる自殺なのにいじめじゃない、とか、
履修不足を苦にした校長が自殺とか、教育に関する問題が
たくさん噴き出している。

やらせ発言をお願いしたことで、教育の原点は家庭にあること
や地域や家庭の協力なしに、学校教育が成り立たないことに気
づいている人たちの話までうそ臭くなる。

そういう指導を思いつく官僚たちを作り上げた学校教育こそどんな
もんだったか疑いたくなるぞ。

とにかくひとくぎりついたので、しばし気持ちを切り替えたい。
何しようかな・・・。(掃除(~_~;)?)

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2006年10月30日 (月)

秒読み

あと数えるほどで今の仕事が終わる。

どこまでクラスを立て直せるか分からないけれど、最悪の時期
は過ぎたと思う。

子どもたちは、自分が何をするべきなのかちっとも分かっていな
かった。自分がクラスの為に何をするのか、立場がわかって
いなかった。
こうなったのは誰のせい?
手の廻りきらないこちら側、大人(親も含めて)のせいだと
私は思う。

子どもの一人がこそっとつぶやいた。
「あ~あ。好きなことを好きなだけ勉強できる学校ってないかな。」

そうなんだよね。探せばあるけど、今の日本の公立にはないね。
成熟期を迎えたこの日本に、社会も経済も成長期の時代から
あった学校制度はもう合わないね。

子どものつぶやきで思い出したよ。
45分でどんどん変わる授業はしんどかった。
図工は何時間も図工じゃなぜいけない?
版画や工作、キリのいいとこまで続けたかった。
国語は、続けて習った方が中身がわかりやすい。
なんで細切れにしちゃうの?

管理職も教育委員会ももう限界でしょ。
もうトップダウンじゃだめなんだよ。視察とか一日だけ、じゃなくて
一ヶ月担任をしてみればいい。自分たちがどんな無茶を言って
いるのかが分かるだろう。

いじめが起こっていないという調査結果。お笑いである。
気づいた方が悪い、ってことになるのだろうね。

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2006年10月23日 (月)

かなりしんどい(>_<)

ほっといたっていいんだけど。
なんだかすぐムキになる性格。

今の状況、かなりしんどい。
子どもたちだってイヤだろうな。

管理職B先生の言動に、Bの代わりに入ってくださった
お助け先生、かなりの怒り心頭。

「あのカリキュラムは、私とえすさんとでこなしますから、そこまで
本気でやらなくていいです。」って言われたんだって。お助け先生
も入る日があるのに。

私だってムカムカ。

だって「いいんですよ。失敗したって、そこからまた学べば。」
という一見大変教育的なコドバも、教師の間で打ち合わせてい
ればこそ生きる言葉。

一緒にやっている私になんの打ち合わせも説明もなく、留守の
ときは一人でヨロシク、なんておかしい。私、いつも何も聞いてい
ないので、授業変更が多くて予定がこなせない。急に変えるな
よ~。

なんにつけ、時間講師だから・・・と一言多いし。

この先生、いざとなれば怒鳴っていうこと聞かせちゃえ、て感じ。
で、当然子どもたちはバラバラ。
こういうときに限って、Aさんが近づいてきて私の頭を撫で回す。
どうしたもんだか。

あ~ん、「グループエゴ」だってば~。

こういう子どもたちほど大人のすれ違いに敏感。
せっかくいい方向に向かっていたのに。
全部オジャンになっちゃった。

今日の授業、私のはモチロン、他の先生のも
思いっきり×でした(T_T)。(B先生の受け持ちもねっ(ー_ー)!!)

き~!他にも迫り来る事態が~(>_<)。それはまた今度<(_ _)>

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2006年10月21日 (土)

オタク履き?

校内を歩いていると、5年男子が数人でわいわい。
一人が指差されて笑われている。

「どしたの?」と聞くと、笑っているうちの一人が腰の辺りを
指差して「オタク履き。」と無邪気に答えた。

ポロシャツに短パン。ベルト部分はゴムで丈は五分よりやや
短め。ラガーメン風である。

「?」

指差されている子も一緒になって、引き続きみんなで説明して
くれた。
ポロシャツをズボンの中に入れる着方が「オタク履き」。

「ああ、なるほどね~。アキバ系の人がよく着ているからってこ
と?」と笑ったけど、なんか気になる。
笑われていた子は、ちょっと気が弱くて行儀のよさそうな子。
周りがいじってからかっているのを、不快に思いながら怒れずに
一緒に笑っていたのかな。

で、「サッカー選手も試合のとき、シャツを中に入れないといけ
ないんだよね。」と、追加。

すると、笑っていた周りの子が
「野球もだよ~!」

「あ!そうだよね(*^_^*)。」みんなでしばらく他のスポーツの
ことを考えては笑った。

用事があったので、そこで別部屋に入っていったけど、そのあと
彼らもわいわいなごやかにどこかへ行ってしまった。

何かと冷やかされるアキバ系ファッション。彼らは自分の格好
に無頓着なので母親にしつけられたままを維持しているような。

けれど、マスメディアを通した、アキバ系に対する大人たち
のレッテル貼りが与える子どもへの影響って大きいね。

公教育の場、ってその地域の大人の考え方の縮図といえると
今回もつくづく感じたのである。
比較的のんびりした地域で、よかったよ~。



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2006年10月18日 (水)

EQ、グループエゴの話

先日行った治療教育講座の内容で思ったこと。

講師のジェフ・グリーン氏は素敵な方で、一目で(勝手に)気に
入ってしまった(*^_^*)。

彼の人柄だけでなく、少々ユニークな経歴にもみられるように、
経験や実践と研究を全て大切にし、科学的なだけでなく、同時
に人智学思想だけに偏らないところがよいのである。

今はニュージーランドに住み、シュタイナー学校の校医や世界
のあちこちのシュタイナー関連のカレッジなどで講義講演をさ
れる多忙な毎日だ。

今回思ったのは、ばらばらに思っていたり疑問に感じていたり
したことを一つにつなげていただいたかな、ということ。

今仕事で抱えている問題を解決する糸口は、教師同士の相互
理解だね、という話をしていたばかりだったので、グループエゴ
の話を伺ったとき、私の細い目が丸くなったはずだ(でも二重
です)。

また、愛情、という問題。芸術、という問題。

ホントウ、今の日本に欠けているもの、多い。余裕のない空気感。
よい先生、多いのに。手も足も出ない状況を誰が作るのか。

千葉の先生、校長のパワハラで自殺したとか。
以前いた学校の教頭先生も、校長のパワハラで行方不明になり
ました。

子どもが育っていく場所なのに。身につまされる思いです。

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2006年10月13日 (金)

さすが、と思ったこと

どうなるのかは分からないが、今のクラス運営について軌道
修正が間に合うぎりぎりのタイミング。

昨日述べた膝つき談義を終えて、校長の判断力のすごさに
ちょっと驚いた。

しばらく出張などが続き学校を留守にしていた校長。学校に
戻ってきて書類や別の校務も溜まっていたことだろう。なのに
時間講師の私にまでクラスの様子を聞き、私が正直に話した
ことを受け流さずにあちこちに確認、考えをまとめての打ち合
わせだった。

子どもの目から見て担任がいない今、誰が中心なのか分からない
現状、それを分かってもらえたのである。

こういう場合、時間講師の私の授業の拙さに原因があると決め
つけることが多いだろうに決してそうせず、誰の顔もつぶさずに
事の解決に当たる姿は見事だ。

今回の場合は、学級運営がおざなりになっているのが原因と、
経験豊富な別の先生の時間を都合して副校長と交代すること
になった。

副校長も、なんとなく事態が飲み込めたようで少々反省気味。
ほんと、悪い人ではないのだ。

そして、私といえば、校長がここまで話を真剣に聞いてくれる以
上は、残された時間でどれだけ期待に応えられるかより真剣
に取り組まざるを得ないのであった。

さすがだ。脱帽、である。

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2006年10月12日 (木)

話せば分かる?

「バカの壁」という養老孟司氏のベストセラーではないが、他人
に話しても、自分の考えている通りに受け取ってくれる人は
まずいない。

・・・ということは、分かっていたつもりなのだが、現実には齢(よ
わい)フォーティになって気づき、足元ががらがらと崩れる思い
を味わったことがある。(遅い(-_-;)?)

でも、同時に全く同じではなくても、同じ方向を向いて考えてくれ
る人、阻止しようと思わない人も多くて、分かってもらえなくても、
話せば認めてくれる、あるいは受け取ってみてくれるという人は
いるのだ、ということも知った。

今日もそんな気分だ。

実は子どもの学校で、全体保護者会出席の際、留守番のできな
い子が集まる部屋がある。そこでビデオを流している状況がどう
しても納得できなくて、何度も学校に相談した。

結局、先生方もそれは背に腹は変えられない状況なので、全体
としてやめられないけれど、静かに過ごしたい人はお隣の部屋
に行くことを選べるよう考えてもらえることになったのだ。

学校は番組を選べとか、もっと教育的な何かをさせろと私が要求
していると思っていたようだ。

私は親がTVやビデオを子守りに用いずにがんばって育てた子も
多いので、静かに待たせたいと思っただけなのだが。

やはりここでも少数派か、とくじけそうだったが、繰り返し粘った
お蔭で一歩前進。

意を汲んでくれた学校の先生に感謝<(_ _)>。

そして、明日は勤め先の学校で、担当クラスの教育方針について
校長、副校長らと膝をつき合わせて意見をすり合わせる予定。

・・・んんん。ホントは苦手なんだけど。
次々同じようなことが起こるのは、そういう課題に取り組む時期っ
ていうことかしら。

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2006年10月10日 (火)

仕事の押し付け合い

私は時間講師なので、普段の学級運営には入らない。一般教
科のみなので、学級活動、道徳、給食、掃除、朝と帰りの会、
校外学習は指導(!)できない。

また、授業を持つだけなので、職員朝礼や会議には出ない。
当然情報入手が遅れる。指示されるのを待っていると、帰る
時間になるので、ひっ捕まえて予定を聞いたら変更だった、と
いうことがたびたび。

が、子どもの目から見ると「はい、ここまで」なんて言えないので
混乱しないように副校長と連携を取らなければならない。何故
なら担任や代替講師がいない場合の学級運営は副校長の
責任だからだ。

・・・だが、実はこれがものすご~く難しい・・・。
きっと、日本中であちこちの時間講師が担任や副校長と密か
な駆け引き(別称バトル)を繰り広げているに違いない。

直接ものすごい意見交換(別称ケンカ)をしている場面を見た
こともあるし、実際文句言われたこともあるし。

この制度何の役にも立たないじゃないかっ、と私に言われても
ね。それは養護学校のときで、担当の男子中学生のトイレ介助
は、いくらなんでも私がやっちゃいかんことは分かると思うんだ
けど。そこに私を付けた人事が悪いとしかいいようがない。

プロなら分かるだろ~、とか大人だから配慮できるだろ~、と
いうことが通じない。・・・のが恐ろしい。お互いに補ってなんぼ
やろ、とはならず。

気がつくと、なぜ私がここまでやってんの(ー_ー)!!、という話に
なる。気がついた方が負け、なのだ。

だけど、それでは子どもが可哀想。
大人の混乱は子どもにすぐに表れる。

ペーパー上の人事はあくまでも机上のもの。
お役所仕事だからはいここまで、なんてこと簡単にできる。
言うは小野やすし。(古い(~_~;)?)




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2006年10月 3日 (火)

テリトリー。プライバシー。

教育現場でもプライバシーについてはかなり敏感に扱うように
なり、学級便りもうかつに出せない世の中。

しかも都会の学校で特別支援教育や不登校の問題などが重
要視される昨今、なおさらどこまで踏み込めばいいか、自分の
仕事範囲に悩んだりすることが多くなる。

最近の学校は、仕事が細分化され、色んな立場の講師や
専科の先生が増え、子どもは一人なのに、細切れに色んな
大人が絡むことになる。

クラスも科目によって少人数制をとるなどして、一見至れり尽
くせりだが、あれはどうなんだろう。
自分が高3のときモザイク授業、という3クラスが成績や選択
科目で分かれる授業形態だったので、誰がクラスメイトだった
か、実はあまり覚えていない(-_-;)。
小学校で、低学年のうちから先生やクラスが色々あるのは混
乱の元にもなるんじゃないのかな。・・・どちらかというとクラスの
人数が多すぎるのが諸悪の根源と思うんだけど。
もとからもっと少人数なら、すんなりいくことも多いわけで。

幸か不幸か私の今の立場は時間講師であり、学級運営は勿論
のこと、クラスで特別支援教育にひっかかる子にはノータッチ、
と言い渡されている。

が、保護者の方のお話ぶりからして子どもの現状を認めた
くないがための要求をしてこられたりしても、私には何も分か
ないため、対応のしようがなく戸惑う。管理職の先生には、
「あなたは、はい、とだけお返事しておいていいです。」と
言われるし。

学校側も補助員をつけるなど、できることはしているようなので、
それ以上の支援はあまり期待できないんじゃないのかとも思う。

それにしても、Aさんはあのクラスにいて幸せなんだろうか。
本人のためになっているのだろうか。

以前補助員として関わった自閉症児とは、全くタイプが違い、
友だちが大好きだからクラスにいたい、というわけでないのだ。
気に入った子は、相手がお人形か何かであるように扱う。
肝心なときに活躍すべき補助員は、腰が引けて様子見(ーー;)。

Aさんのすることに、誰かが小さな声で「きもい。」とささやく。
・・・心が一瞬凍りついた。Aさんはこの先どうなるのだろう。
そして、このクラスはどうなるのだろう。

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2006年10月 1日 (日)

エキセントリック?!

私はどちらかというとエキセントリックな人が好きだ。なんだか
ほっとする。

だけど、小学校の先生、特に低学年向けの先生は別。
安心感と包容力を感じさせる人、ある程度以上マルチにこな
せ、お手本になることができる人でないと小さな子ども相手は
務まらないと思う。

教職は、能率や効率、自分の感情だけを優先する人には向い
ていないと思うのだ。人相手の仕事なので当たり前のことだと
思うが、これが難しい。

先日不思議な光景を見た。
担任を持っていないある先生が、自分の授業中に子どもになん
らかの騒ぎを起こされ、職員室に帰ってきて怒りをぶちまける。
子どもの家に電話をかけて、文句を言おうとしていた。

すたすたせかせか職員室を歩き回りまくし立てる。仕事上関係
のある先生が並んで(すっごい狭いトコ)歩きながらいさめる。

「エキセントリックやのぉ。」と思って傍観していたのだが。

後日のある朝、その先生がPCで作った完璧なプリントを私に
持ちこみ「相談ですがっ」。

私が複数の教科を一つのクラスで持っているため、勘違い
したのだろう。そのクラスの私に関係のない指導項目について、
要求をしにこられたのだった。

私、担任ちゃうけど。

と思いはしたが、自分のできる範囲で請け負い、あとは笑って
ごまかした。

後はその先生のいないとき管理職に一言ご相談。
どの先生も「あ、アノ人ね。きっと分かってないよ。」と苦笑い。
私も一緒に苦笑い。

ところで、エキセントリックって「常軌を逸している、風変わり」な
んて人や行動をいうより「一つの円が他の円と中心を異にした」
っていう意味が強いの?へえ。奇人変人の由来はここからなん
だ。

でも、それは困る。低学年に反面教師は合わない。
日頃世の常識と多少のずれを自覚するこの私でさえ、学校
では子どものお手本にしてもらえるよう決死の演技をしている
のにさ。(ばれてる?(~_~;))
本採用がそれじゃ、ね。

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2006年9月30日 (土)

運動会

今日は運動会のところが多かった?

以前勤めていた学校から招待状を頂いていたが、都合が悪く
て行かなかった。

○○さんは元気かな。
●●さんはきちんと参加しているかな。
とても気になっていたのだけれど。

私の運動会の思い出は、バトントワラーとビューティフルサン
デーのダンスくらい。(といっても選手リレーメンバーにはいつも
ぎりぎり選ばれていたぞ。)

バトンは4年以上の女子の花形で、きれいなユニフォームは
あこがれ。特に黄色いふさふさのついたリング型のバトンはエ
ース。

ビューティフルサンデーは当時のヒット曲がダンス曲に選ばれる
ことが斬新で、自作のポンポンを持って右向いてジャンプ、左に
振り返ってジャンプっていう振り付けは、みんなが何年も覚えて
いたっけ。

でもそれくらい。

控えの場所で隊列を組まされてしゃがんでいるとき土や石ころを
いじっては叱られ、列がまっすぐじゃないと叱られ、合図にすぐ
反応しないと叱られ、暑くても水を飲んでは身体に悪いと叱られ
・・・。なんでもかんでも「全体責任」という名の下に、やってもい
ないことでよく叱られましたなぁ。

先生の段取りや指導が悪くてもね(~_~;)。
めんどくさくて嫌だったことの方がよく覚えているものだねぇ。

我が子を含め、子どもたちには少しでもよい思い出になってほ
しいな。

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ひと安心

先日つぶやいていた漠然とした不安のことだが、先日やっと
ひと安心つけた。

実は私の親が交通事故で骨折し、全身麻酔で手術をしたのだ。

もちろんそのことで心配したのだが、それに加えて来し方行く末
まで思い巡らしてしまい、深く考え込んでしまった。近年ネット
や交通機関の発達で、普段は距離感を感じることが少なくなった
が、いざとなるとやっぱり心配度数は距離と比例する。

現在は無事手術も終わり、入院先でリハビリしている。
ジョークも交わすと聞き、ひと安心。昨日などは週末の疲れも
あって爆睡してしもた(携帯メールを打ちながら・・・(-_-;))。

大人でこれなんだから、子どもとなると動揺はもっと大きいよね。
小学校で精神的に不安定な子には、家庭や友だち関係に
問題を抱えていることがほとんどだ。

そういえば、昔々、やっぱり親が入院したとき、お見舞いのあと
帰りのタクシーの中で振り向いて見えた病院の明かりに涙が
出てきたことを今でも覚えている。

あれは小学校に入るずっと前のことだったよ。

小さいからなんでもすぐに忘れるというわけでもないよね。

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2006年9月28日 (木)

教育再生?

安倍新総理が、教育の再生に力を入れるという。
公教育がとことんだめになっているという。
教員育成に力を注ぎ、低所得の家庭でも高いレベルの教育を
保障できるようにするのだ、と。

でもさ、なんか違うと思う。

低所得だろうが高所得だろうが、お金を払えばそく効果的な
教育を受けられると思うところがなんか変だ。
すべて理由を経済格差に持っていくのは変だと思う。

大体効果って何?

今、新採研修の為に抜ける時間の補充講師が不足気味だ。
新採用の教員の研修が週に3時限ほどあり、そのときは受け持
ちクラスの授業を抜けなくてはならない。
つまり、担任クラスを抜けて研修に出るため、クラスに穴があく。
その分臨時採用の講師に授業をさせるのだ。

10年目にも同じようにある。

抜けられたクラスの子どもたちは教師の踏み台?
子どもは落ち着きをなくし、適当に時間をつぶし、何も学ばない
まま学年だけ上がっていく。

教師は、書類に追われ、研修に追われ、子どもの顔をしっかり
見る暇もなく、「立派な教師」になるよう追い立てられる。
顔はどっちに向いていたらいい?子ども?指導要領?

親や地域の再生の努力なくして国に再生してもらっても、それ
が自分の身丈に合うかどうかは疑問だ。
他人任せでなく、そこに住んでいる人たちで頭と手足を使って
知恵を絞れるようにしてもらった方が、ずっと確かな再生を期待
できると私は思うのだが。




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2006年9月26日 (火)

見たカンジ、触ったカンジ

人それぞれ好みというか、度を越して「フェチ」とまで言われて
しまうこだわりを持つこともままある。

以前養護学校に勤めたとき、初日にぷらぷら揺れないピアスを
付けて行ったら「耳、ちぎられるかもしれないからはずして。」と
言われてしまい、おののいたことがある。

ある生徒が「光りモノ」が好きで、見るとまっしぐらに近づき、なん
としても手に入れてしまうから危ないというのが理由だった。

特にビニル製が好きだった(テラテラモノ?)ので、夏のプール時
期は要注意。教室の壁に掛けてあるみんなのプールバッグを
全部手に入れてすりすりするから散らかって困るのだった。

あんまりオイタが過ぎるので、怒った先生の一人が使っていない
物置部屋に閉じ込めたのを見た。私はそっちの方がショック
だった。あの子は今どうしているだろう。

今日の私の服装は、見たカンジ触ったカンジにこだわりのある
子が喜びそうなモノばかり。
少しテラテラ光るスカートにふんわりジャージ素材の上着。

そこにAさんが近づく。私と目を合わせる。全身をすばやく眺める。
   ピト。
しゃがんでスカートに張り付いた~っ。う~ん、やっぱり。
それからジャージに頬寄せてすりすりくんくん、でもやっぱりス
カート(~_~;)。最高ジャン、って言ってるような。

でも、そのうちスカートの中にまでもぐろうとしたので抱き起こ
してしばらく抱えていたら満足したようで、促すと大人しく去って
行った。

私は理由が分かっているからいいけどさ、友だちにやっちゃだ
めだよ。
言葉には出さなかったけれど、少し離れて心配そうに見つめて
いる保護者の方の心境を思うと心底そう願う。

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2006年9月25日 (月)

エネルギー

あまり細かいことを書いたり、問題に感じた事実をすぐそのまま
書くと、プライバシーや信用に差しさわりがあるので、仕事先の
話は部分的に合体したり、変形させたりして書いていることを
先にご了承下さいな。

さて、今日はただでさえブルーな月曜、体調も悪く受け持ち授業
も詰め詰めで、心は群青色くらい濃いブルー(却って爽やか?)

その上また骨折児童が増え、さながら病院のよう(学校外でね)。
他にもやれ頭が痛いだの、オナカがどうの、足が何とかで、と
常時2~3人の子どもが保健室に行きたがり、様子を見てもら
っては教室に戻される。
絶対ウソだ~、と思っても、万が一のことを考えると希望通り
保健室行きを許可せねばならない。それに子どもってどう
してもプライバシーを丸ごと抱えて家からやってくるわけで、
本当に精神的に痛いのかもしれないし。

というわけで、今日の最後の授業を終えて教室を出ようとした
とき、女子の一人に呼び止められてちょっと焦った。その子は
授業中でもおしゃべり続き。授業で説明中の教師に向かって
個人的な話を持ちかける不思議な子。

「ごめんね。先生、もう帰る時間なの。」とシャットダウン。
「え?なんで?先生、夜のお仕事はどうするの?(゜o゜)」
「え?(+_+) ヨ、ヨル・・・?!」

先生は子どもたちが帰った放課後にも仕事があるのだと、その
子は知っていたらしい。その仕事はどうするの?と聞きたかった
らしいのだった(~_~;)。なんという言い間違い!

今日もさんざエネルギー吸い取られたけど、最後のこの一言で
蘇ったわ(*^_^*)。だからやめられないのよねぇ。
この子に座布団一枚♪

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2006年9月22日 (金)

特別支援教育って

注意しないと、そういう名の一つの型に子どもを押し込むことに
なるだろう。

生真面目な日本人の常として、どうしてもそうなる傾向にある
ように思う。

今いる所は前の学校に比べて牧歌的というか、大らかで
子どもも先生方の顔も人間的に見える。前のところも想像より
ずっとのんびりしていると思ったのだが、地域性といったもの
だろうか。

ただ、なんと形容するのか、特別支援学級とでもいうのか、
そこの先生の顔が暗くて怖い印象を外部にいると受ける。
「廊下は静かに歩け。1,2,1,2。」といった感じだろうか。
実際はそんなこと言っていないと思うけど。とにかく無言で移動。
小声で注意。先生一人に数人で列を組み、それが幾つも連なっ
て右側通行。・・・正しいことだから異論を唱える隙なんかない。

綿密に決められたカリキュラムと一つの組に何人もつくシステム
とで生活訓練もしっかり行い、社会に出たときに後ろ指さされ
ないためのひたすらな指導。

う~ん。これ、落ちこぼれたら、阪急電車のある路線に乗って
いた、電車マニアおじさんみたいになるんじゃないかな。
叱られて怒鳴られて育った結果なのか、電車内でしゃべる子ど
もや女の子をしつこく追い回して怒鳴り散らしていたあのおじさん。

おじさんは本当は誰に向かって怒っていたのだろう。
怖いというよりも「そんな風にして育ったんだ。」とやるせなくなっ
たっけ。

もちろんそこの先生みんなが、本当に愛想なしのコワモテの厳し
い人と言っているのではないので誤解なさらないよう。

一昔前のような子どものやんちゃに「吉本入れるで!」という親の
脅しに使われるんではないかと気になっただけである。

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2006年9月19日 (火)

公立校での一斉教授

国公立付属や私学なら、子どもの傾向や学力その他のレベル
も保護者のタイプもある程度揃っている。子どもの教育にも熱
心で、学校に協力することを惜しまない。

ところがよく言われるように、公立校は差が著しい。
私が現在行っている学校は、周辺に有名校が点在している
場所にあり、もしかしたら少なからず子どもがとられている可能
性もあるやもしれぬ。いくつかの有名校に通っている子を周辺で
見かけるからだ。

この差は明らかに私学の多い東京圏で見られるものと思う。
島根のうちの周りにはありえない差の激しさだ。

そして、そのむちゃくちゃ差のある子どもが30~40人在籍
する教室。現代っ子らしく刺激過多で育ち、じっと取り組むこと
が難しい。

お約束のように低体温の子が多く、身体はじっとしていることが
難しい割には動かし方がなっておらず、現在約40人いる中、
骨折その他でギブスなどをしている子が3人。
・・・多くないか?

そして一年生でもないのに、授業が始まって10分もすると
「先生、トイレ。」「頭が痛いから保健室。」が相次ぐ。気をゆる
めると立ち歩き続出。

その上「聴く耳」が育っていないので今言った事を聞く。それ
でも分からないと近くまでやってきて一対一の会話に持ち込もう
とする。ついでに「話は変わるけど・・・。」と違う話を始めようと。

余りにも幼い。

こういう子どもを、文科省の偉い方は想定しているのかしら。
そのうえ特別支援教育とな。それはどの子のことだろう。どの
程度の子から必要なのか、もっと根本的なことから取り組んで
いかないといけないのか。後の方だと思うのだが。

子ども自体が変わってきている。今の状態では昔ながらの一斉
教授は無理じゃない?

全面的に支持はしていないのだが、向山式の教育法、今の
担当クラスにはとても合っていると思う。ジェットコースターのよう
に次から次へと取り組ませるノウハウ。この方法を毎日5,6時限
続ける能力や気力はないけれど・・・。

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2006年9月16日 (土)

筋肉痛

てんやわんやの今日。

もう限界なので寝ます。

体育の時間ムキになり過ぎてこれだ・・・。
普段使わないので筋肉痛になった。

筋肉痛になるまで「丸一日」かかった私。
このタイムラグ、どう考える?!(-_-;)

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2006年9月12日 (火)

お仕事モードへ

9 鬱々した気分にセントジョンズワート・・・。
一方喘息の薬と合わないようで、投薬の説明
書にもしっかり名前が載っていた(+_+)。
それだけ強い効き目が有るってことよね。

ところで、この夏休みもたくさん講師のお仕事を頂いたけれど
条件が合わないのを理由にお断りしてバザーの準備に勤しん
できた。
それはそれで楽しく、図書館で面白そうな本まで借り、その気に
なった夕べ。(途中だけど面白いよ。)

急に一件勤務条件が合い、すぐにでも行くことに。急転直下とは
このこと。打ち合わせから帰宅して、バザーの箱を見てげげっ。
昨日と夕べと今朝と、どれが現実なのやら・・・(全部です(-_-;))。

しかし、今度の学校も色々初めて知る現実が多そうで。
まぁ、短期間ですからお勉強させてもらおう。
と、今晩から徐々にお仕事モードへ変身予定デス。

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2006年9月 9日 (土)

天然と養殖

最近の小学校お受験の話。

大阪では近くに一件あるのを知っているくらいののんびりさだった
が、東京では私立小学校受験用の教室をごく普通に見かける。

最近そのようなサイトもあるようで、小耳に挟んだので覗いてみた。
あるある。傾向と対策。

運動をさせてそのときの様子を採点するよう。とはいっても、指示
通りの運動ができるかどうかではなく、指示を理解しそのように
動こうとすることができるかどうか、もし失敗したときにどのような
行動を取るか、他の子との付き合いをどうするか、などの反応を
見るようである。

例えばリレー形式で3,4つの指示を与える。バトンを前の人から
受け取り、向こうに置いたコーンを右(左)周りにUターン、途中で
平均台を渡って次の人にバトンを渡す・・・など。

バトンを受け取るときに「ありがと」と言うかどうか、きちんとコー
ンを廻るかどうか、平均台から落ちてもやり直そうとするかどうか、
バトンを渡すときに「どうぞ」と言うかどうか・・・。

試験で見られるのは、とっさのときの反応である。何メートルかの
平均台が渡れるかどうかは二の次なのだ。

そしてそういう反応が取れるよう、幼稚園児がお受験教室に
通うのである。

なんだか悲しい。入りたいのが自分ならまだ仕方ないけど、平均
台を渡りたくて粘る子、いつものことで「どうぞ」と物を渡す子に
まぎれて受験対策用のノウハウを身に着けた子が混ざるのよね。
あとでしんどくなるか、偽善的態度を身に着けるかだけの話だ
と思うんだけど、どうなのかしら。

子どもを少しでも環境や評判の良い学校に入れてやりたい気
持ちは親なら誰も同じ。けれど、いくら評判がいいといっても本
人に合わないところに入れるのは罪ではないのか。親の見栄
ではないのか。ありのままの我が子の姿を受け入れることがで
きているのか。

「一問一答」や「出る単」、共通一次(今の親はセンター試験か
(~_~;))で育った世代の、すぐ結果や効果、答えを求める態度、
効率主義がポイントポイントで顔を出してイヤになる。
もう時代はそれを求めていないだろうに。

とはいえ、いざというときの情報やノウハウを手に入れ、子ども
をフォローすることは今の時代必至。
このバランスの取り方がとても難しい。

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2006年8月28日 (月)

幼稚園の同窓会

今日、子どもがお世話になった幼稚園で、同窓会が開かれる。
恒例の行事だそうで、卒園して数年経つと幼稚園で親子が
集まって担任の先生方とお茶を飲んで語るひと時を設けて下
さっているのだそうだ。

819_056 勿論、親御さんの中から取りまとめ役の幹事
さんが出て、細々と連絡を取り合って下さる。
何もかも幼稚園に求める人たちの集まりでは
ないのがここの校風(園風?)だ。

子どもに求め、周りに求めるより、まず自分を育てていこう、と
繰り返し言って下さり、その機会を色々考えて下さった園長先生
は、この春、任期を残して自ら園を去って行かれた。

私はシュタイナー教育を求めながらもどっぷり浸かることを恐れ
ていた時期にこの園に出会い、子どもを預けることができた。
経営側の利点を生かして、シュタイナーに限らず、色んな分野の
レベルの高い講演会をしていただいたり、させていただいたりし
た。

また、細々と続けていたシュタイナー関連の活動を理解し、できる
協力は快く引き受けて下さった。

派手で便利で安易なサービスを提供する幼稚園が増えている
中、手間はかかるのに保育料の高いこの園の人気は押され気味
だったことは知っている。
経営側からのプレッシャーと教育者としての理念との板ばさみの
日々だったのだろうか。

まだ、園には同じ志の先生方が残っていらっしゃる。そして自由
な身となった元・園長先生も近くにいらっしゃる。
そして、そこで育った我々保護者や子どもたちもいるわけで、そ
こから芽を出し、地域に根付いていくのが一番確実で力強い。
とてもとても遠い道程なのだけれど。

PS 写真は、この夏通った中国道あるいは名神の高速道路
から見た大阪万博記念公園。我が子は眠りこけておりました
(~_~;)。

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2006年8月26日 (土)

親子でスポーツ

滑り込みセーフで申し込むことができた、とあるスポーツの親子
教室。今日はその当日だった。

先日来我が子は喘息を宣告されて調子が今ひとつ。
この前も習い事を一つ、目の前まで行って断って帰ったくらい
パッとしない。

また、夫もこの春から仕事仕事で趣味のスポーツ観戦さえ
興味を失うほど調子が悪い。

だめもとで申し込んだのだが、今日は二人とも調子がよく、久し
ぶりにスポーツを楽しめたようで、よかったよかった(*^_^*)。

主催側は、元プロの運動選手たちで指導員の資格ももっていらっ
しゃる方たちなので指導が上手。運動不足そうな親たちの為に、
ゲームを取り入れた準備運動もばっちり。

年代に合わせた課題をクリアできるようきちんと考えたなるほど
と思えるカリキュラムだし、怒鳴るわけでなく、おべっかを使うわ
けでもない指導法がいい。そして何よりも、一生を通じてこのス
ポーツを楽しめる人になってほしい、という運営方針が素敵だ。

昔から部活などで活躍していただろうお父さん、もっぱら観戦組
だったろうお父さん、すっかり年齢と体型が変わってしまった
お父さんたち(かっこよく走り回るお母さんもいらしたが)も、
親というより、しばし子どもたちの先輩に戻ったように見えた。

一生楽しめることがあるって素晴らしい。
それを見つけるきっかけになるというのが教育の原点じゃない
かしら。








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2006年7月30日 (日)

夏休みも副校長先生は大変

夏休みに入ってからも、あちこちから産休代替講師のお話を
いただく。

最近のは、特に条件のいいところだったので、ちと惜しい気も
したりして。

それにしても夏休みも人材確保だなんて、どこの副校長先生
も本当に大変。お断りするのが申しわけなくなってしまう。他に
もっと力いれなきゃならない部分があるでしょうに。

こんなことばかりさせるなら、もっと現場の状況を反映できるような
権限を学校や地域にもたせたらいいのに。対応し切れんでしょ、
お上も。

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2006年7月29日 (土)

バナナトラップ採集

一晩置いて真っ黒に変色したバナナを古靴下に詰めて夕暮れ
を待ち、いざ仕掛けに。

7_020 すると、それまで気づかなかったのだが、この
クヌギにはストッキングが巻かれた跡があり、
既にここで採集を試みた人がいると判明したの
だった。

夜中と明け方に見に行きましたが、残念ながら獲物には出会え
ませんでした(~_~;)。

どう工夫すればいいのかしら。もっと頻繁に見に行く?設置の
位置?何度もトライ?
あんまり気にしていない我が子をよそに、母の方が本気になって
いくのであった(~_~;)。

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2006年7月27日 (木)

発酵中

7_002 なんだ?このキタナイ写真は、とお思いでしょ
う。

バナナと蜂蜜と焼酎を混ぜてみました。
明日、クワガタがいるかもしれないクヌギに
トラップを仕掛けてみます(~_~;)。

適当に入れて混ぜたんだけど、これ発酵している泡だよね・・・。
バナナはペースト状になるまで潰した方がよかったのかしら・・・。
何もつかまれられなくて構わないので、どうぞ、蜂・ムカデは来ま
せんように<(_ _)>。くわばらくわばら。

ところで明日明後日は、今年最後の梅雨空?

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2006年7月22日 (土)

熱心な先生の弊害

私が未だに先生に対して忘れられずにいる嫌な思い出。

3,4年生続けて担任だった女の先生。
先生と母は、母の時代にめずらしかった幼稚園での同窓生だっ
たことで、母は非常に喜んでいた。私もなんだかうれしくて、
物腰の優しいその先生が大好きだった。

研究授業か参観日が近づいた頃のあるとき、教室にいた私は、
同じ部屋で書き物をしている先生に呼ばれた。
立方体の辺と面の勉強の話だ。

「えすさんは、この箱(手に持って)の面は幾つあると思う?」
「? 6つ」
「そうね。・・・じゃ、辺は?」
「12本」
「そう?ねえ、一つの面に辺は幾つある?」
「4本」
「そうよね、じゃあ、辺が4本ある面が、6つあるんだったら、
12本じゃないんじゃない?」
「?! 24本?」
「今度その勉強するから、えすさん、そのことを発表してくれる?」
「はいっ(*^_^*)。」

恥ずかしいことに私は、先生が私にだけ秘密の答えを教えて
くれたのだと思った。
先生は、予想される児童の反応を演出したのである。
書き物は、おそらく指導案だったのだろう。

当然私は授業で反論され、あえなく間違い組のレッテルを貼られた。

先生への不信が芽生えた瞬間だった。

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2006年7月21日 (金)

困っている現場

先週も今週も、産休育休代替講師の依頼をいただいた。
お金が幾らあっても使い道はいっぱいあるわが身、受けたい
けれどお断りしてしまった。

子どもは人数オーバーで学童に入れないままだし、学校の
PTA役員の方も仕事は少ないけれど、やっぱりその分きちん
と協力したいので。

講師をしていた先の先生の打ち上げに呼んでいただいた際
知ったのだけれど、なかなか代替講師は見つからないものな
んだって。

そうね。私も近所から、うっそ!(*_*;と思うような遠距離学校
までたくさん連絡いただいた。
近所の小学校には、一年生3クラス全員代替講師が入った
と聞く。
とにかく、まず人が足りないのね。問題だと思わない?

お上ががんばればがんばるほど、逆に作用しているのを、
冗談みたいに目の当たりにする。きっとお上が先頭立ってがん
ばっちゃいけない領域なのよね、学校って。

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2006年7月20日 (木)

ずいぶん深く、先のことまで考えていらっしゃるんですね。

近頃、ふと思い出したこと。誤解を避けるために先に書いて
置くけれども、決して先生批判ではない。

何年も前、子どもが幼稚園児だった頃、そこの個人面談での
こと。細かい内容は忘れたのだけれど(忘れたんかいっ。)、
保育中の先生の具体的なあり方について、疑問に思ったことが
あり、純粋に質問した。

すると、先生のお顔に警戒信号が表れた。
我が子可愛さの園攻撃に聞こえたようだった。
ちゃうで、先生、そうでなくてっ。
少々慌てた私は、教育論とまでいかないまでも人の育ちの
あり方を、教育者の先生に一説ぶってしまった(-_-;)。
変に聞こえるかもしれないが、そこの幼稚園には、そういう
発言に耳を傾けてくれる先生が多かったのだ。

その結果、タイトルのような返答が返ってきたのだった。
残念ながら、感心して出たお言葉ではなかった。

「(+_+)そうですか?」
あんまり意外なお返事だったので、マヌケな答えしかできずに
終わったんだけど。

幼稚園は人としての根っこを育てるところ。人生のうちにたくさん
のことを感じ、学び、成長できるよう、器である身体をしっかり
作っておく時代。

共通理解していると思っていただけに、そのときは「ひざかっく
ん」されたような気持ちになった。

何言ったんだっけなぁ、私。もしかして先生にしたら、私の方が
「ひざかっくん」しかけたみたいに聞こえたのかなぁ。
それとも、その場よければすべてよしの大人が増えているのか
なぁ。

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2006年7月 2日 (日)

わたしの原点

私が時間講師としてこの3週間ふか~く付き合ってきたクラス
に、今月から担任として入る先生と引継ぎをさせてもらった。

中学校、小学校、養護学校と渡り歩いたプロのセンセ。
養護学校にも入っていらっしゃるなら、あの子のことも理解
してもらい易いだろうと、聞いた当初は一安心。

少し話はそれるが。
私がこの仕事に偶然引き込まれた最初のきっかけは、OLを
やめて実家に戻っていたとき、産休代替講師が見つからなくて
困っている小学校の教頭先生があちこちに手を廻した結果、
中学校英語の免許だけ持っていた私を発見(そう、発見された
の(-.-))されたことからだ。

その教頭先生は、とても細身で病弱そうで、学校でもこっそり
クロレラ飲んでるくらいの方だったけど、優しくて気長に一歩
引いたところから子どもたちを見守ってくれるようなところが
あった。聞けば、ことばの教室でも指導された経験のある方。
なるほどと思ったものだ。

その後私は小学校教員免許を取ろうと一念発起、30前に教育
実習をさせてもらう。そのとき、雰囲気よく見守ってくださった
指導担当の先生の専門が障害児教育だった。

そういうことから、受け持った子どもにある問題を感じた経験
もあり、子どもを理解し教育に携わるなら、障害児教育は
はずせないと確信して今に至っている。

と、話は戻るが。
引継ぎのとき、先入観を与えてはいけないと思いながらも、
簡単にクラスの中の心配な子どもたちについて、紹介したとき。

「この子は、少し学力面、生活面で置いていかれないか
ちょっと心配です。お母さんが学校についでがあってよく
いらっしゃるのですが、休み時間など廊下でさりげなくこの子
に声を掛けてくれています。」
と言ったときに、「えっ!」と表情が豹変。私はほったらかしに
せず、かといってでしゃばり過ぎず、さり気ない気配りに感心
していたことを伝えたかっただけなので「え?!」と返答。

このご時勢、子どものことや、学級経営などで訳分からない
文句を言ったり要求をしたり保護者も居るわけで、そういう人
かと思ったそう。

「保護者にクチをだされたくないわね~!。」というその口調が
怖かった。

その後、お休み中の先生が持ってきてみんなで飼っているクラス
の生き物に触れ、「汚いわ。(お休みの)先生に持って帰っても
らう訳には行かないのかしらっ。」と言われちゃった(T_T)。

そりゃ確かに汚いデス。でもさ、持ってきた先生の気持ちや
世話をしている(できてないけど(-_-;))子どもたちの思いがある
じゃん。

先生が急にいなくなった子どもたちはそれだけで充分に傷つ
いてると思うんだけど、いきなり「汚いから始末」って・・・。

養護学校で子どもの問題行動にも理由があることが心底分
かった、と豪語した次の先生。
「ほんまかいな」という6文字が頭をよぎった瞬間でした。

ま、私が出会った、障害児教育に携わる方たちがたまたま
よかったということよね、きっと。はあ~。

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2006年6月30日 (金)

ご心配おかけしました。

お、お、終わった・・・。
とりあえず、誰も怪我しなかった・・・。よかった~。

では、寝てしまいそうなので、先にこのことだけご報告をば。

明日もフル活動。
子どもを連れて北へ南へ。

では、とりいそぎ、今日の日のご報告とさせていただきマス<(_ _)>。
(ねむいっす。)

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2006年6月29日 (木)

私の胸騒ぎ

シュタイナー言うところの九歳の危機という時代。
ギャングエイジ、9歳半の節目ともいい、最近は二分の一成人
式、なんてのもある小学生の一時代。

前後一、二年の誤差や個人差があるとして、思春期前の密か
な心の葛藤が起こる時期に、一番関心を寄せるのが、友だち
というテーマ。

面白いことに9歳半というのは、言語形成の臨界期でもある。
幼稚園に入る頃はあんなに英語が上手だったのに、今は
日本語オンリー、なんていう子どもがざらにいるね。

日本国内でも、大阪弁から自然に東京弁?に変わる、なんて
いうことが起こる上限、ということになるかしら。

同時に、暗に言葉に含まれた意味を受け止めることのできない
子は、弾き飛ばされることになるのかな。

一人は殴られたのにみんなに攻め立てられ、一人は無視され、
一人は怒ってみんなより15分ばかり早く帰っちゃった(-_-;)。

どの子も友だちや味方がほしくて仕方ないだろうに。何よりも
辛いことだろうに。

今日ある騒ぎの顛末に関わった先生が一言。
「あいつら、あの子を利用して騒いでいますね。利用されてる
だけなのに。」
そう、そのとおり。悪名高い一人を前面に出していじっており
ます。嫌いな教科に出ないようにしようとたくらんでいます。
「あの子」を利用して。私が前年度から気にして、今回はより
悪質になっていたこと。

大っ嫌い。
これが「いじり」ってやつなの?だとしたら、いやらしい。

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2006年6月27日 (火)

わが身のふがいなさ

原因は、確かにこの子たちの中にあり、それを解決するのは
本人たちなのだろうけど。失敗を繰り返し、試行錯誤しながら
お互いに成長する通過儀礼のようなものなのだろうけれど。

そんな理屈を楯にして、私は自分をごまかそうとしていないか。
たった3週間でも立て直すことはできたのではないか。
いつの間にか、原因はアイツとコイツとソイツ、なんて思って
いなかったか。(他の先生も多分にそう見ているが。)

そう思うとわが身のふがいなさが身に沁みます。

今日、そんな渦中にいる子どもの保護者の方がたまたま
声を掛けてくれて「えすセンセにこのまま担任持ってもらいた
い。」なんて、言ってもらったけれど。色々あって、心中複雑。

正直言って、今の私の環境と状況では、それは無理。
15年前のように、2ヶ月で8キロ痩せてもがんばり抜くほどの
気力は、ない。

あと3日。みなさま、応援シテクダサイ<(_ _)>。

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2006年6月26日 (月)

家は静かなりけり

今日クラスがものすごいことになってねぇ。
ああいうことって、一旦なると加速的に崩壊するから。

今日はどか~ん!!と大きな騒ぎがあり、兼ねてから
上の先生にお願いしていたクラスでの話し合いが必要だと
いうことに決まった。

却ってよかったかもね、と学級経営の方を担当してくださる
先生が苦笑。プロだね~。反対に腕が鳴るぅ!というご様子。
東京の先生、しかも組織で上の位になると、あんまり信用
できないとこあったんだけど(偏見?)きちんと子どもの気持
ちを受け止めようとしてくださってるように思う。

それにしても今の子は、やっぱりお笑いなどのTVの真似を
するのかしら。何かありがちな口論が始まると後ろから無関係
な子が、口論中の子どもを突き飛ばすとか、頭を叩く、とか、
そんなことしている番組ってある?今やんちゃもんの間で
パターン化してるんだけど。あれはTVだからいいのであって、
現実と混同されると非常に怖い。

補助員さんは、相変わらずあんまり役に立たなくて、今日も
ハサミが飛んでくるし。窓際の棚に登っているの、下ろして
くれなきゃ危ないんだけど・・・。(違う子としゃべって気づか
ない・・・(-_-;)。)

家に帰って思ったのは、(こんなに電車の音が響くのに、
こんなにエアポンプの音が響くのに)家って、静か、ということ。

あと一週間持つかしら(持たさねば(~_~;))。ふぅ。

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2006年6月22日 (木)

ぶれる指示。子どもの目。

この前もだったのだけど、補助員の方との連携ミスが元の
トラブル。

きわどい学年のきわどいクラスに入っているので、私が入って
いたように、今は別の補助員さんがたまに付いてくれる。

前回は、他のクラスと合同の勉強会のとき、講師の人が
ある物を上に掲げて持ち「見えるかい?」と聞いた途端、
要チェックグループに「ほら、前行ってみてきてごらん!」と
結構な大声で指示。

離れた場所で補助員さんに首を振り、「動かないでその場で
見る。」と言ったけど、時既に遅し(T_T)。舞い上がった一群が
前に出ようとして結局リーダーの先生に叱られて押し戻され、
その中の例のあの子はそのまままん前に飛び出て、机やら
機材やらの下にもぐりこんじゃった・・・。

他のお調子者連中も、外部の講師さんが座る所にふざけて
座ったり、ケンカを始めて泣き出したりの大騒ぎ。

・・・このクラスだけなんだけど。
学年全体とたくさんの先生、外部の関係者の方の前で、彼ら
は「またか。」という感想をもたれてしまった。

今日は今日で、特別教室を渡り歩く授業の前に、私が教室の
黒板に書いた指示を勝手に書き換えちゃって大混乱。
確かめてから書き換えろ~!大人だろっ!!仕事だろ!
と子どもの前で怒鳴りたい気持ちになった。
・・・学歴は高いんだけどね。子どもと同じじゃ困るんだよ。
それと、クラスの席替え許すな~~!!給食指導も勝手に
しないでっ。補助員の仕事じゃないんだよ。混乱するから
やめて~。

ぶれる指示で子どもも大人も大混乱。子どもの目は鋭い。
はぁ~・・・。

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2006年6月18日 (日)

ごちゃまぜ

夕べは、頭の中が整理できなくて、結局寝てしまった(-_-;)。

えっと、昨日は登校日で、色んな大人が学校に来ていて、
その中で自分の最初の授業は大きな騒ぎもなく終わり、
ほっと一息。

次の一コマの授業のため教室に戻ると、なんだか様子が変。
特別に愛さざるを得ない例のあの子が、別授業で大暴れした
らしいのだ。(私のときはとっても良い子だったのに・・・。)

また周りの子らがちょっかいをかけたのではないかと思うのだ
けれど、廊下にいる大勢の大人や子どもたちに暴言を浴びせ
大暴れする中、その子は、先生方含め大人2~3人で取り囲ま
れるように別室へ連れて行かれた(T_T)。

ちょっといつもと違う雰囲気、落ち着かない環境に興奮は
頂点に達していたんだろう。一番まずいタイミングでいつも
つまづいてしまう。

クラスの他の子もうんざり気味。被害も大きくなってきて、勉強
も遅れがち。学年的にも実は一番危機的な時代に、男女の
中も悪くなってる。担任もいなくて、心ある教師同士の気遣い
でなんとか凌いでいる状態だけれど、もともとイッパイイッパイ
の業務を持っている為、手が廻らない。

仕事外だからと放ってなんとかなるものでなし、かといって
ハンパに手をだせるわけでなし。書類と違って子どもは、とり
あえず今日はここまで、というわけにはいかない。このままだと、
そのうち私に相談してもダメなんだという気になるのも近いだ
ろう。

私は夫に用事があったため、学校最寄の駅で待ち合わせ。
そこで子どもの相手役をバトンタッチする約束だった。時間に
余裕をもって待ち合わせしたけれど、そんなこんなで15分遅れ。

子どものご機嫌を伺うと、親の弱みにつけこんだのか、その
近くの公園で遊びたいという。(そこには釣堀がある。)
学校近くはイヤだな~と思いながらも、待たせた弱みでザリガ
二釣りに付き合っていたら、案の定電話が・・・。

結局私を助けてくれる電話だったので、子供連れで学校に
舞い戻り、7時半までお仕事しておりマシタ(T_T)。

こうして教師は身体をこわすか、ぐれるか、あるいは教師一家の
子どもはぐれる、というパターンが生まれるのかも・・・。
(ブラックマヨネーズ的思考パターンか。)

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2006年6月14日 (水)

聴く耳をもたない子どもたち

赤ん坊の頃から人工音に晒される今の子どもたち。
特に「きくこと」のできない子の多さに改めておどろく今日
この頃。

これからすることを(時には書いてまで)説明した直後に
「でさあ、今から何すんの?」と聞いてくる(-_-;)。
しかもバラバラと・・・。

始めのうちは、声が小さくて聞こえていないのかと思っていたが、
どうやら聞き流しているらしい。

また、アスペルガーの子に限っての症状だと思っていたが、
クラス全員に話している注意事項が、自分にとっては他人事
と捕らえる子が珍しくない模様。

それは大抵決まった子だが、その頻度にびっくり。
授業を始めているのに、忘れていた提出物を私に手渡しに
来たりする。それも何人も。

今何をするのか理解せず、ただ漫然と声を聞き流し、
どこかへふらりと歩き回る。授業中に席を立つのに違和感を
持たない子が多い。これまでの先生がそうした状況を許してい
たのもあっただろうが、余りにお茶の間な光景。そしてきっと、
その子たちにとって私は、TVのコマーシャルか何かなのだ。

声の大きさを調節できない(近くでやたら大声で話す)子も
いる。なんだか体の器官のあちこちが、バランスよく
育っていない印象を受ける。

そんな混沌とした環境の中、大暴れする例の子は、壊れ物を
投げて割った。ふぅぅぅ。けが人無し。危機一髪(T_T)。

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2006年6月13日 (火)

教師の時間

お上って、教育のこと、どれくらい分かっているのかな。
そして、色んな通達や管理によって、どれだけ教員が忙しい
目に会い、疲れ果て、イヤになっちゃうのか分かっているのかな。

教育の分野で専門家の研究が進み、今までないがしろにして
いた色んなことが明らかになるのは、すばらしいと思う。
しかし、その選択肢をお上が握るのはどうなんだろう。

色んな科目の研究がなされ、PCを取り入れ、食育が提唱
され、ビオトープがあちこちにでき、子どもの安全を守り、
学校内の掲示をうるさく言われ、当の子どもとの付き合いは
そっちのけ。朝から書類に追われ、予定に追われ、子どもに
トラブルは発生し、宿題とテストの点付けはたまる。
子どもは、子どもであるがゆえ予定外は当たり前。それでも
スケジュールびっちりで動かせない辛さ。

そんな中で、特別支援教育なんてうまくいくわけがない。
彼らは一人ひとり個性的だし、生一本。周りに人に合わせられ
なくて苦しいのに、それを全国的にやれと言う。

目の前の子どもを見つめて付き合い、その教育を考えるとき、
教師がしっかりと考えられる時間がほしい。

学校は美しく清潔な方がいいけれど、業者によってぴかぴかに
することがいいのだろうか。
学校はオープンな方がいいけれど、かといってのべつ幕なしに
人が出入りして、さらし者ののように落ち着かない場所であって
いいのか。
掲示は美しくあっていいけれど、作り上げすぎても不自然だ。

そう、あんまり不自然な場所に、人は育たない。
時間に追われ続ける教師も、心を失うような気がする。

その瞬間の見栄えばかり取り繕うので精一杯になる。

時間をかけ、ゆっくりと発酵する余裕と信頼、という味が、
大量生産の添加物たっぷりの味と同じわけがない。

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2006年6月12日 (月)

つ・・・疲れた(>_<)

自閉症の特性として、急な変更や新しい環境というのは
パニックをおこすほどの不安を掻き立てるものである。

それを知っていたのだが、先週末、とある子を取り巻く環境が
悪化、蹴るわ飛ばすわ殴るわ締めるわ(長・・・)の大騒ぎに
なり、本人が泣いて訴えるので「他の先生とよく相談して必要
なら席替えする。」と伝え、今日私が決めた席順の席替えを
決行。

・・・忘れていたんだよな。この子、大抵時間が経つと、自分
が言ったこと忘れるんだ(-_-;)。
喜ぶどころかクラスで一番反抗。それに乗じた周りの大騒ぎ。
その後授業妨害と大暴れ・・・。

友だちが大好きなのに、なんでこ~なるのっ。
\(゜ロ\)ココハドコ? (/ロ゜)/アタシハダアレ?

君も君も君も、大事なクラスの宝物なのにね。
あぁ、他の先生の言うことまともに聞いて、席替えなんか
しなきゃよかった。

ああ、大失敗・・・。

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2006年6月11日 (日)

雨のブクロ

Photo_138 東京、しとしと雨でございます。

今日は子どもの漢字検定10級受験の日。
10級というのは、小一レベル。
こういうもの受けさせるのどうかとも思ったの
だけれど。

彼の場合、小学校入ってから初めて字の書き方を教わった
(つまりガチンコ)のだが、一学期はとてもうれしがって丁寧に
一生懸命書いていた字が、2学期からはバンバン漢字が出て
きて、その数80文字。ひらがな51文字、カタカナもあって、
そりゃ大変。あっという間に雑にもほどがある~!という筆跡。

公立小が週休二日になったとはいえ、こりゃひどいわな。
3学期のある日、彼のモチベーションを高めてやりたい一心で
つい、申し込んでおりました。

会場は池袋。サンシャインシティ60の近くに会場があり、
繁華街の中を少々不安になりながら歩いていると、やがて
四方八方から同じような組み合わせの親子が。

会場はステージママやパパみたいな人が、まだ実はおむつして
いそうな小さい子までつれて受験させておりました。
こんなうちから受けさせるの~。上の兄弟に付いて来ただけじゃ
ないの?とも思ったんだけど、座席に座らせ受験票の確認必死
でしてたし(さすがに試験中は親の付き添い不可)。

私の頃は、一年かけてひらがなを教わった気がするんだけどな。
最近小二の子は「曜」を習ってきたよ。マスに書ききれなくて可哀
想です。

そのくせ今の上級生は「ら」の字の書き順が逆な子までいて、字
の形そのものが変。

早期知育がいいとは、全く思えない結果ばかり目にするので
すが、未だにやっている親がいるのは、私に何か気づいてない
部分があるのかしら。
ちょっと不安になる現状です。

試験が終わった後、くいしんぼう親子は池袋でラーメンを食べて
帰りました(今日は野田屋というとこ。ちょっとお醤油くさかった)。

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2006年6月 7日 (水)

書類の嵐・・・

始まった仕事先での色んな届出書類。
やれ卒業証明書だ、勤務経路だ、取得免許状だ、と
あちこち連絡や確認に追われているかと思いきや、
子どもの預け先だとかに出す書類、出しても「受け取って
おきましょ。」と涼しい顔で受け取られ、実際には定員
オーバーで入れないけどトライするだけの書類、今日やっと
手に入れた学習指導案の台帳、先日ファミサポでお預かり
したママ待ちの書類、子どもの学校の○○長の準備仕事。
・・・はぁ、はぁ。

う。泣く。

もしかして、20年前にしていたOL時代の貿易仕事より、
書類がたくさん必要かも(T_T)。(輸出入のライセンスとらなん
きゃなんなかったので、あれはあれで結構きっついものあった
けど。)

若さが違うべ、なぁ。

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2006年6月 5日 (月)

初出勤

お勤め初日。

時間講師ですが(東京でもこういうのかな?)、以前勤めてい
た小学校なので、なんとなく担任っぽい相談を受けることに。

前もいらした先生、新しく入られた先生、結局お断りしたけど
別の場所のお仕事をご紹介下さった先生、と次々にご挨拶。
全校朝礼で自己紹介することになり、前に立っていると
以前一緒だった子どもたちが、驚きとうれしさの混じった顔で
駆け寄ってきてくれた。

子どもたちは、ハーブと一緒で(一緒にするのはどうかな(~_~;))、
しばらく見ていないだけで、やっぱり一学年分大きく見える。
9歳の危機真っ最中の彼らは、やっぱりどこかが違って
見える。

一人ひとりを見るとみんな可愛いけれど、皆心の中は不安そう。
今の彼らは、時期的に心を再構築し始めたカオス状態。
話し合ってもまとまらず、要領の悪い純な子までが悪ぶっている。
「いつも俺らばっかり悪者だ。」
「あいつらの方が絶対悪い!」
「自分たちも信用するから先生も信じてよ。」

う~。切ないねえ。担任じゃないから一緒に考えていく
しかないかな。乗り越えるのは君たち自身だものね。

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2006年6月 4日 (日)

月曜日から

月曜日からお仕事モードに入りマス。

今日は仕事をいっぱい抱えて帰ってきました。
大丈夫かな。
我ながら、しんどい方しんどい方に突っ込んでいくので。
家庭を振り返れないくらい集中するのはやめよー。

まずは身辺整理。
自分のスケジュールをはっきりさせておかねば。
(してなかったんかい\(◎o◎)/!)
多分同時刻二箇所以上に存在している状態には
なってないと思うけど。
(ダブルブッキングっていうのよね?(~_~;))

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2006年6月 1日 (木)

突如混み入ってまいりました

今週明けからなんだか風向きが変わってきまして。
スケジュールが混み混みになってきたぞな。

今朝早くからファミリーサポートセンターの顔合わせと
いうものを2件こなしておりました。(私、サポート会員なの。
いやぁ、赤ちゃんってホント可愛いわぁ(*^_^*)。)
本来これも何もないときは、ぜ~んぜん音沙汰無しなのにね。

それはそれでありがたや、風向きは赤ちゃん方向なのねん、
と納得していたところ、夕べからまた別件で代替講師のお話が。

以前勤めていたところだったのでできるなら行きたいけど、
担任は無理とお断りしてそのときは終わった。
ところがほんの先程ひと月でもいい、講師でいい、という譲歩の
お電話。(末期状態。聞くのも辛い(-_-;)。)

う~ん。可愛いあの子にも、あの子にも会えるのね。
・・・受けてしまった(~_~;)。


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2006年5月26日 (金)

求職おばさん街へ出る

もうすぐ6月だというのに、問い合わせの電話がぱたりと
なくなった。代替教師のクチは山場を越えたらしい。

ということで、いきなり思い切って、再度某お役所へ出向き、
履歴書を持って自己アピール。

この時期、お役所は自分たちの人事異動が一段落して
書類整理に追われている感じ。きっと私が前回持ち込んだ
の履歴書も年度替りでシュレッダーの海のもくずとなって
いるんだろう。でも、お世話になったんで、謹んで更新
いたします。

色々と感触を確かめて帰ってきた。
心障学級でもいいんですか?とか、養護学校でもいいん
ですか?とか、意外そうに聞かれた。
最近導入の特別支援教育、現場も混乱しているよう。
色んな子がいて当然なのに、懐のせまくなっている現代。
ADHD診断も乱発されていると小耳にはさむ。
でも、ADHD児やLD児の子が参加できる授業は、他の子に
とっても行き届いたいい授業だと思うんだ。先生や学校に
とっては、むちゃくちゃしんどいことだけど。(一斉授業で
すものね)
私のような者でも必要としてくれる子がいればいいな。
授業は下手でも気持ちは熱いぜ(そりゃだめだろ)。

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2006年5月17日 (水)

求職のおばさん

学級経営補助員という立場があるのはご存知?
多分自治体ごとに採用内容が違ってくるのでしょうが、
公立校(小学校だけかしら?)での問題緩和の苦肉の
策として、あちこちで存在してるのではないかしら。

学級運営がスムーズにいくよう、学級崩壊やADHD、LD児
が在籍することで起こる諸問題に対応する人のことを
そう呼ぶらしく、別に教員免許を持っていなくてもいい
とこもあるのです。

しばらく前にしばらくの期間引き受け、そこで知り合った、
とても素敵な障がい児教育の先生が、私がその分野で
働きたいと話したことを気にかけてくださり「別の学校での
補助員のお話があるんだけど」とわざわざお電話してきて
くださったにも関わらず、結局お断りしてしまったのです。

どんな状態で募集されてるのかはっきり聞かなかったけれど、
多分ADHD児と付き合うんだろうということは分かったの。
ただ、補助員は先生ではないから、学級経営には口が
出せないということを知ってしまったし、つきあう期間が
あまりにも短いらしい、ということがお断りした理由なのです。
(違う理由もあったんだけど、大事なのはそういうとこ。)
もちろん、その先生もあまりよい条件でないので断っていい
わよ、と前置きしてくださったというのもありますが。

大人と子どもといえども人と人の付き合いだし、特に
ADHD児は人付き合いが下手な特徴を持っているのに、
存在を認識してもらう前に任期が終わるのもなあ、
と思ったから。
その素敵な先生がいらっしゃる学校だったら話は別なん
だけど。

とはいえ電話を切ったあと、時給を計算して「ううむ。
いい話だったかも。」と皮算用してしまったのでした。
毎夏あるはずの、とある治療教育講座に参加するお金を
貯められたわねぇ・・・。

 

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